翌朝、征二は鉛筆を片手にデイルームの机に言葉を並べ記していた。
「あ、こら工藤さん。テーブルに直接書いちゃだめって言ってるでしょう」
「……」
征二は夢中だ。まるで子どもをあやすような口調でベテランの看護師は、
「工藤さーん。ダメですよー」
その口調が気に障ったのか何なのか、征二はふと顔を上げて、目を細めた。
「……邪魔しないでください」
「ここは皆が食事する場所でもあるのよ。落書きならいくらでも紙をあげるわ」
「……黒蝶」
「えっ」
「世の果てに地平線を辿る孤独。僕はどこまでもいつまでも待っている」
看護師は肩をすくめた。この調子では、まともに対応する方が、無理がある。
「あとで、消しますからね!」
そう言い残して、看護師は諦めて去った。
征二は自分の書いた文章を、厳かに読み上げ始めた。
「黒蝶は、軋む扉を開けた者の密やかな過ち。贖罪とは、第一関節を捧げて、オルタンスの嘘を暴くこと。夢を見た、その罰を誰にも問われることはない幸福を捧げる。迎える冬に屠られた秋風が、遺言を僕に浸して、確かに逝くのだ」
気が済んだのか何なのか、征二は鉛筆を置いて窓辺に歩を向けた。曇天を見上げ、ほとんど悲鳴のようにつぶやいた。
「空に引き裂かれるんだ、僕らは――」
その日、それから征二が口を開くことはなかった。
秋は儘、深まって冬へと化けていく。
第二群 聖 夜 へつづく