救うだなんて、驕りだった。認めたくなかった。不可能を突き付けられるのが怖かった。つまり、自分は、弱かった。
「――うっ」
羊子の目頭が熱くなる。ところが、その羊子の肩を優しく叩いた。
「そうだね」
真水が、ゆっくりと微笑んだ。
「今、きっと僕らはとびきり不思議で可笑しい経験をしているんだろうね。よくわかんないけどさ、笑おうよ」
「白田……」
「樋野さんも、もう無理しないでいいんだよ。僕らはいつでも、いつまでもあなたを知っているし、感じることができるってことでしょう。だって、樋野さんは、春そのものになるんだから」
麻衣子の人体としての存在確率が、急速に低下していく。
「…………ありがと、センセ」
「うん」
僕は、誰も救えないし、そんなつもりも無い。悲しいことは悲しいと、頬を伝う涙が証明済みだ。だから、せめて、笑おう。笑って、この光景を見届けよう。
「じゃあ、また、今度ね」
じゃあ、また、今度ね。
不確かで、でも固い約束。春は必ず、やってくる。
少女は、春になる。
こんなに滑稽で、美しいことに出会えて、僕は―――――
「幸せ、かなぁ」
麻衣子の口元が、ふわりと緩んだ――――その一瞬を見逃さなかったのが、羊子にとっても、それこそ救いだっただろう。少女は、最期の最期に、本当に笑うことができたのだから。その口元は、こう動いた。
「大好きだよ、――――――」
真水、羊子、俊一、その場にいた三人の視界を、膨大な量の黒蝶が覆った。
しかしそれもほんの刹那、黒蝶たちは暗闇の曇天の夜に消えていく。
「あぁ」
と声を出したのは、一体誰だっただろう。
「――綺麗だ」
そう呟いた真水に、羊子は涙をぽろぽろ零しながら、
「ええ……ええ、そうね」
嗚咽するばかりであった。