雨足が徐々に弱くなって、傘がなくてもしのげる程度になった。通りを一本表に出れば、濡れそぼったイルミネーションが弱々しく点灯しており、デジタルアレンジされたインストゥルメンタルのクリスマスソングもよく聞こえることだろう。
ほんの一筋、道を奥に入っただけで別の街に来たかのような感覚になる。明滅する街灯の下、葉山と若宮はなお向き合って立ち尽くしていた。
葉山の手には、若宮が与えた拳銃が握られている。
「どうして?」
しかし、その銃口は若宮ではなく、葉山のこめかみにあてがわれているのだ。
「どうしてそんなことをするんですか?」
若宮の問いに、葉山は力なく答える。
「――これしか、きっと方法はないから」
「方法?」
「僕は、いつかきみを殺してしまうだろう」
「……ええ」
「きみが生きているせいで、僕はきみを愛せない。そんな滑稽な話があるかい」
若宮はぺろっと舌を出した。
「今まさに、この瞬間にここにあるじゃないですか」
「嫌だ。そんなことはしたくない。でも、どうしようもなくそうしたい。じゃあ僕はどうすればいい? 何もかも終わらせるには、僕が死ぬほかにどんな選択肢があるっていうんだ」
「どうせ殺すなら、私にしてください」
若宮はつかつかと葉山に歩みよると、素手で銃口を握り、自分の胸元に強引にあてがった。
「ためらうなんて、葉山さんには似合いません。さあ、引き金を」
「い、嫌だ」
葉山が目をきつく閉じる。
「今さら!」
その直後、甲高い破裂音がして、若宮は葉山の腹部にしたたかに崩れ落ちた。
「あ……!?」
事態がまるで呑み込めない葉山。
「わ、若宮さんっ!」
かろうじてかすれた声で叫び声を上げる。
「若宮さん、若宮さん」
若宮は、ぜえぜえと呼吸しながら気丈にも、ピースサインをしてみせた。
「そんな、若宮さん、そんな」
「えへへ……」
「しゃべっちゃだめだ!」
「なんだ……悲しんでるんですか……?」
「頼む、しゃべらないでくれ」
「えへへ……」
「若宮さん!」
「ずいぶんと感傷的じゃねえか」
突然降ってきた声に、葉山はハッと顔を上げた。
その目の前には、ビニール傘をさした竹中と美乃梨が駆けつけてきた姿があった。
「自分の弱さを振りかざして、大切なものを失う人間のことを、愚か者といって差し支えないわね」
冷たい口調で美乃梨が言い放つ。葉山はがくがくと脚を震わせながら、縋るようにいった。
「救急車を」
「ふざけた話だ」
「なんでだよ! 若宮さん、死んじゃうかもしれないんだぞ!」
「立場を忘れて救急車を呼ぶ馬鹿がいる? あ、ここにいるか」
「何を言っているんだ。若宮さんは、銃で撃たれて――」
葉山が言い終えるより前に、竹中が葉山に掌で一撃を食らわせた。
「この、バカ野郎が」
茫然自失とする葉山。美乃梨が若宮の体をがばっと抱えて、夜の闇に消えていく。
「救急車なんて呼んだら、警察の不祥事みたいになっちまうだろうが」
「そんな――」
「急所付近に一発。即死じゃないのが不思議なくらいだ。どちらにせよ助からない」
「う、うう、ううううううう」
「落ち着け。お前がしたことだろう」
「ううううううううううううううううぁあああああああああああ」
取り乱す葉山に対し、竹中は面倒くさそうに濡れた地面を蹴飛ばした。
第十章 純愛とか笑わせんな へつづく