第八話 いちごミルク

彼のクセ、なのだろうか。右利きなのに左脚を上にしてよく脚を組んでいる。私がそのことを問うと、
「本当は、左利きなんだ」
と、わざとらしく左手で何かをスペリングする動作をとった。
「親に、右利きに矯正されてね」
「そうなんだ」
アイスのアールグレイといちごミルクが運ばれてくる。
「おまたせいたしました」
マスターとおぼしき男性は、初老の紳士といった風貌だったが、私はその目を見て驚きを禁じ得なかった。もしかしたら「あっ」と声を出していたかもしれない。

彼と同じ、目をしている。暗い色の光の灯った、憂いを帯びた目。

「どうしたの」
彼に問われて、私はハッとした。
「あ、いや、なんでもない。飲もっか」
「うん」
いちごミルクは、いちごのツブツブが喉ごしに心地よく、先ほどまでの緊張も合間ってか私は一口目からストローで勢いよくそれを飲んだ。
ストローでつつくと、果肉もゴロゴロ入っている。これは嬉しい。
「ところでさ」
彼から話題を切り出すのは、珍しいことだと思う。私は身を乗り出した。
「占いって、信じる?」
「うん、ほどほどに」
私がそう答えると、彼はアールグレイを一口飲んでから、
「僕もだよ」
やや意外なことを言った。さらに続ける。
「僕は射手座。君は?」
「あー……水瓶座だけど」
そっか。ああ、そっか。そうなんだ。

私たちはお互いの星座も血液型も知らなかったのだ。当然ながら、彼が『なぜ死にたがっているのか』も私は知らない。お互いにお互いのことを、なにも知らない、ということに今、気づいた。

「それと、血液型は?」
「えっと、A型」
「僕はAB。動物占いは?」
うわ、懐かしい。そんなんあったな。
「確か……コアラだったかな」
「そう。僕はペガサスなんだ」
そして、ものっそい当たってる気がする。
「これだけ情報があれば、できると思う」
彼は真顔で言った。
「何が?」
訊いてから、私がそれが愚問だと気づくのに時間はかからなかった。
「聞いてましたよね、マスター?」
彼はカウンターの奥にいるマスターに声をかけた。
「はい。じゅうぶんです」
マスターはゆっくりとした口調で応えた。どうやらこのマスターが占ってくれるらしかった。

相性占いってやつ?
なんだか、今更な気もするけど、でも。

「……嬉しい」
「僕もだよ」
率直にそう言われて、私は胸の高鳴りを抑えられなかった。
ストローでいちごのかけらをいじめてやると、もう気持ちがくらくらして、いちごミルクに吸い込まれそうだった。
私が一人浮かれているのと対照的に、しかし彼は腕組みして涼しい顔をしている。

どれくらい時間が経っただろう。彼のアールグレイのグラスはほぼ空になっていた。
「すみませんが」
ふいにマスターに声をかけられ、私は一瞬だけ動揺した。
「結果、出ましたよ」
「そうですか。聞く?」
わぁ。どんな結果なんだろう。そりゃ、聞くに決まってる。
「もちろん、だよ」
「そう」
この時、彼がどんな表情をしていたのか、私はそわそわして確認する余裕はまるでなかった。
占い、本気にすることもないんだけれど、でも、当たるも八卦当たらぬも八卦って言うもんなぁ。
「では……」
マスターが何かを書いた紙を持って私たちのいるテーブルへやってきた。
「結果をお伝えします」
「お願いします」
彼が静かに応じる。
「2018年5月25日、金曜日が『その日』です」
(え?)
「そうですか……」
彼は神妙な顔で頷く。私は彼のシャツの裾を引っ張った。
「ね、『その日』って何?」
すると彼は、私と目を合わさずに、こんなことを言った。
「ここは冥土カフェだよ。だから、教えてくれるんだ」
「え、だから何を……」
「命日」

第九話 手を繋ぐ