第二十一話 決意と願い

「真弓、真弓ってば」

授業が終わってもボーッと前を見つめている真弓に対し、香織は心配そうに声をかけた。

「大丈夫? ここんとこ、全然元気ないじゃん。バイト、疲れてんの?」
「いや……」

真弓は上の空で、

「どうしよう……」
「何が?」

後期の授業が始まって、WWMフリークスのライブまで一カ月と迫っていた。それまでに、真弓は、いやbook markerのメンバーは、決断しなければならなかった。

つまり、ライブを成功させて、彰を安心させてあげることを。

しかしそれは、別れに直結することだ。

「うーん……」

さすがに心配になった香織は、力強く真弓の背中を叩いた。

「痛いっ、何するの」
「パッとしない顔しないの。そんなんじゃ、WWMフリークスには相応しくないよ」
「そう、だよね」
「え?」

意外な返答に、香織は戸惑った。真弓は晴れない表情で、

「やっぱり、私になんか、ボーカルなんて務まらないのかな」

などと言うのだ。

「どうしたのー。『らしく』ないじゃん」
「『らしく』?」

香織は大きく頷いた。

「そう。いつも、底抜けに明るいあの真弓が、そんなことじゃ、まぁ確かに、WWMには相応しくないかもねー」
「うーん」
「ワンダーワールドを作る人たちなんだよ。胸にトキメキがなきゃ、彼らの曲は演奏できないかもね。ましてや、オリジナルで歌詞をつけたんでしょう? 心を込めて本気にならなきゃ、作詞家に失礼だよ」

香織がここまで力説するのは、他でもない自分の彼氏が、WWMフリークスのライブを楽しみにしているからだ。香織はニッと笑った。

「衣装なら任せて。とっておきを用意してあげる」
「へっ?」
「ま・か・せ・て!」
「う、うん」

半ば香織に気圧されるように、真弓は返事した。

その日の放課後、ハルコに呼び出された真弓はファストフード店の片隅に座っていた。

「お待たせー」

ひらひらと手を振って、仕事帰りのハルコが現れた。

「ハルコさん、お疲れ様です」
「いやー、今日は疲れたね。縮毛矯正ってかけたことある?」
「いえ、ないです」
「あれは大変なんだ。薬剤で手が荒れちゃうの、いくらグローブつけてても」
「へぇ」
「カラーリングもね、配合が難しいの。お客さんに『理想と違う』とか言われることもしばしばで」
「へぇ」
「立ちっぱなしだからさ、脚がもうパンパン。バゲットみたいだよ全く」

真弓は思わずふきだした。

「パンでバゲット、上手いですね」
「そう?」

ハルコはニヤリと笑った。

「ハルコさん、かっこいいなぁ」
「え、なんで? 今の、仕事の愚痴だよ?」

真弓はふるふる、と首を横に振った。

「そういうの、なんていうか、かっこいいです。とっても」

憧れが、あった。手に職をつけて自分の好きなことをしているハルコは、真弓にはキラキラと輝いて見えたのだ。

「なんとなく、だったから。私は」
「え、何が『なんとなく』だったの?」

真弓は力なく笑う。

「彰さんに、出会うまでは。なんとなく高校へ行って、なんとなく大学に行って。そんな自分は、とてもカッコ悪かったなって。だから、振り向いてもらえなくても、しょうがないのかなって」
「そんなことない!」

ハルコが即答した。

「そんなことない、そんなことないよ。だって……」

言葉を詰まらせるハルコ。真弓は、「えへへ」と笑ってみせた。

「無理にフォローしなくていいですよ、ハルコさん」
「違う、そんなんじゃないの。そうじゃなくて、真弓ちゃんは自分の魅力にちゃんと気づくべきなんだよ」
「へ……?」

ハルコの言葉に、ポカンと首を傾げる真弓。ハルコは思い切って、こう告げた。

「彰の決意は、彰の願いなんだよ。時間はない。あたしはもう、あいつを苦しませたくない」

時間はない。その通りだ。

決意は、願い。

その言葉が、真弓にひどく響いた。

第二十二話 りゅうこつ座 に続く