第四話 最悪

「こんにちはー! 『ピアサポートセンター・ふるーる』でーす! 手作りのストラップ、キーホルダー、カードケース、いかがですか~?」

ブースに絵美子の朗らかな声が響く。さすがは販売のプロだ。「ふるーる」のパンフレットを一読した絵美子は、さっそく頭を商売モードに切り替えた。

幼稚園児くらいの女の子が寄ってきて、ペンギンの刺繍が施されたカードケースに興味を示したのを、もちろん絵美子は見逃さない。

「これ、手作りなんだよー!」

女の子がはにかみ、母親におねだりを始めた。

兵藤さんは感心して、「あれくらい積極的にならなきゃね〜」などと呟いている。

一方の桃香は、在庫の確認を任されて、ストラップを数えていた。

「青が24本、赤が19本、緑が21本です。クリスマス特製デザインですか、それはあともう4本しかありません」
「ありがとうね、助かるわ!」
「あの」

桃香は気になっていたことを口にする。

「お戻りに、ならないですね」
「あぁ、安田くんね。寄り道でもしてるのかしら?」
「そうですか……」


喫煙所には数人の男性がいて、それぞれ疲れ顔で煙草に火をつけていた。真一は手持ちの煙草が無くなってしまったので、自動販売機かコンビニを探そうと思ったが、店番を兵藤さんに任せきりなことを気にかけ、我慢をして戻ることにした。

ケムリの代わりに、ため息を吐く。喫煙所から出た、その途端だった。

「あれ、安田くん?」

二度と聞きたくない声で名前を呼ばれて、真一は硬直した。振り返ることはできなかった。できたとしても、振り返りなど、したくなかった。

「やだ〜、こんなところで何してんの?」
「……」
「無視しないでよ。覚えるでしょ?」

現実にようやくしがみついている者にとって、過去のトラウマが服を着て歩いている、その事実はどうにも耐え難い。自分を制御できないのだ。それは恐らく、一度でも「その一線」を越えてしまった者の、悲しいサガとでもいうべきだろうか。

「あたしはね、あっちのブースで焼きそば焼いてんの。ボランティアってやつ? おばあちゃんの入ってる老人ホームの手伝い」

やめろ。

その声で俺に話しかけるな。

「ねぇ、安田くんは?」

専門用語では「現実検討能力」というらしい。真一のそれが、著しく低下していく。目の前がぐにゃりと歪み、今、目の前で起きている事象全てが、全力で自分を否定してくるような、おぞましい感覚に襲われる。

「ちょっと〜、置物みたい。相変わらずだね。アハハ!」

ずけずけと声をかけてくる女性の下品な笑い声が、真一の脳内でリピートされる。それは、過日の光景とともに蘇る、怒りや苦しみや侮辱、そして底のない悲しみ。

――考えるより先に、言葉が口をついて出た。絞り出すような声で、

「うるさい……」
「えっ、何、聞こえないんだけど」
「うるさい‼」

叫んでから、真一はハッとして、周囲を見渡した。幸い、近くに音楽のスピーカーが置いてあり、大音量で陽気な音楽を流していたので、あまり他人には気づかれなかった。女性は「はぁ?」と言い捨てて、そそくさと去っていった。

(……どうして。どうして自分は、いつまでも過去に許してもらえないのだろう。)

真一は近くにあったテントの支柱に寄りかかると、跳ね上がった動悸を抑えようと必死に深呼吸を始めた。


あまりに真一の戻りが遅いので、兵藤さんは心配顔だ。

「悪いけど、ちょっと探してくるわ。エミコさんがいればお店は安心だし」

それを聞いた絵美子はすかさず、「いえいえ」と指を振った。

「お客様に『ふるーる』の詳細とか聞かれても困るんで、桃香が探しに行きます。ね、桃香」
「え、あ、え?」
「芸劇方面だってよ、喫煙所」
「あ、うん。はい、探してきます」
「あら、悪いわねぇ。でも、安田くんの顔はわかる?」

問われて、途端に顔を赤らめる桃香。

「はい、だ、大丈夫です」

桃香は数え終えたストラップをしまうと、喫煙所方面へと真一を探しに向かった。

第五話 ジェラート に続く