第十二話 女子会

「で、なんて呼び合ってるの?」

絵美子が問うも、桃香はスマホから目を離さずに(真一とのラインのやりとりを見ているのだろう)、

「え、フツーだよ? 名前で呼んでる」
「そ。良かったねぇ」
「まぁね〜」

ルンルンの桃香に、絵美子は多少あきれながらも、友の、それも長年の苦労人の掴んだ幸せを祝福しようと自分のアパートに招き、ディナーを振る舞おうと得意の料理の腕を振るっていた。

「餃子にミートローフにビーフストロガノフ!  心して召し上がりやがれ!」
「なんか、肉多くない?」
「めでたい日は肉って相場が決まってんです。さ、食え食え」
「わーい!」

肉々しい女子会。これも桃香と絵美子ならではだろう。

桃香は笑顔全開でミートローフを突っつく。

その様子を絵美子は、頬杖をついて感慨深く眺めていた。

 

こんな桃香、久々に見た。

あの頃に比べて随分と生き生きしている。惚れっぽいのは変わらないが、こんなに嬉しそうな彼女を見るのは、いつぶりだろう。

今日という瞬間を間近で見られて、友として本当に誇りに思うよ。恥ずかしいから直接は言わないけど。

「おいしい!」

桃香が歓喜の声をあげる。絵美子は思う、この笑顔に今まで何人の男性が撃ち落とされてきたことか。しかし、桃香の一途さに応えられる人は、誰一人としていなかった。桃香はいつだって真剣に恋をしていた。身を削って、それこそ心も削って。

あんたは、散々苦労した。だから、そろそろ幸せになっておくれよー。

「絵美子? どうしたの、箸が進んでないよ」
「え、あ、ああ。ダイエット中なの」
「そうだったの! それ以上痩せる必要なくない?」

絵美子はコホン、とわざとらしく咳払いした。

「ショップ店員はマネキンがわりなの。ポッコリお腹が出てるマネキンなんて見たことないでしょ。結構なプレッシャーなんだから」
「そうなのかぁ、大変だね」
「まーね。まだ幸博が大食いだから助かってるけど」

幸博とは絵美子の彼氏である。居酒屋で修行中の板前志望で、絵美子よりも料理ができるが、その分食べてしまう。恰幅のいい二つ年上で、絵美子の大学の先輩にあたる。

桃香は餃子を頬張った。

「幸博さん、元気なの?」
「そりゃあもう。最近欲しいものを訊いたら、てっきりアクセサリーかと思ったら『マイ刺身包丁』だってさ。料理バカだよ、あいつは」

そう言って笑う絵美子。桃香もつられてへにゃっと笑った。絵美子はため息をつき、

「平気でいびきかくし、おならするし、くしゃみはうるさいし、人の料理にダメ出しするし。困った奴なんだ」

それを聞いた桃香はしみじみと言った。

「絵美子も、幸せなんだねぇ」
「まぁ、桃香には敵わんよ」


真一はスマホの画面を眺めては、こみ上げる喜びに押し潰されそうになっていた。勤務中も、いつスマホが鳴るかとどこかで心待ちにしている自分がいた。

アパートの一室で、ベッドに転がっては起き、起きては転がってを繰り返す。なんの運動だ。

「桃香」

名前を呼んでみる。真っ赤になる自分がいる。ドキドキが止まらない。あの時、とっさに名前で呼んでしまった。それをあの子は受け止めてくれた。

恋愛における相互承認とは、最上の自己肯定であるといえる。真一は今、まさにその自己肯定感の中にいた。

しかしこの感情は恋であって、愛ではないことに、真一はまだ気づいていない。だが、それでもいいのだ。恋という種が、いつか芽吹いて愛になることを、彼は身をもって知ることになるのだから。

せっかく蒔いた種を、どのように育てていくのか。二人という大地に、恋の種は植わったばかりだ。

愛を知る痛みを、愛する覚悟を、愛を分け合う喜びを、二人は「嵐」の後に理解することとなる。

そう、まさに幸せな二人の前には、乗り越えるべき大きな壁が立ちはだかっていることを、二人はまだ知らない。きっと、今はそれでいいのだ。……それで。


週明け、真一の仕事が終わるのを待って、二人は江古田駅で待ち合わせた。 季節は晩秋。待ち合わせ時間を少し過ぎて、カーキ色のコートに身を包んだ真一が早足でやってきた。

「ごめん、待ったよね?」
「ううん、大丈夫だよ。さっきまでそこのドトールで休んでいたから」

ワイン色のコートを着て微笑む桃香。真一は早速ノックアウトされそうになる。

あの日以来の初デートだ。

「あのさ」

真一は切り出した。

「観たい映画があるんだ。電車には乗れる?」

桃香は頷いた。

「うん。……真一が、手を握ってくれてたら、大丈夫」

第十三話 映画館 に続く