カテゴリー: 日記

悲しみは悲しみのまま皿にのりいびつな食卓で君は笑う

彼が先月の私の誕生日に送ってくれたガーベラの花が、今朝になって突然一斉に散った。

さしづめ、花の報せとでもいおうか。

一報を受けてから私の日常は、あっけなくバタバタと崩れた。それまでの日々がいかに呑気なものであったか、それがいかにたくさんの人に守られていたのかを思い知ることとなった。「ありがとう、ごめんね」を何度伝えたことだろう。

彼のポロシャツ姿の背中がさっきから動かない。スマホでも見ているのかと思えばそうではなく、かといって白い壁に一ヶ所ついたなにがしかの染みを見ているわけでもない。

彼はどこも見ていないのだ。季節外れに暖かかった今日、風が運んだのは花粉だけではなかった。

いずれやってくるその時。頭ではそうわかってはいても、ついに彼は許す機を永遠に逸してしまった。その残酷な事実がごろんと彼の目の前に転がっている。

白いポロシャツの背中が少しだけ震えだして、言うまでもなく彼は笑っているのだろうと私は薄情ぶって見ないふりを貫こうとしたのだが、本当に掠れた声で笑っていたので、思わず声をかけた。

「苦しい?」

この問いは、果たして無神経だっただろうか。彼は数秒の沈黙ののち、

「悲しみになりたい」

とだけ答えた。

悲しみになりたい。けれど悲しみにはなれない。そんな自分が滑稽なんだそうだ。

私は寄り添うことしかできない。というか、寄り添っていたい。けれど、彼のいだく絶対的な孤独の牙城に踏み込めば荊棘に四肢を持っていかれるので、やはり聞かないふりをした。

寄り添うことも叶わない。私はとんだ意気地なしの勇者で、彼はそれを看過する魔王。今日はきっと、そういう夜なのだ。

こんな日にまで、日記にかこつけてnoteを書くようなパートナーでごめんね。私は私で、書いて吐かないと君の狂気ととても共存できないんだ。

別に許さなくていいから、どうか気の済むまで泣いてほしい。そんな悲しい笑い声なんて、聞きたくないよ。

「もし天罰があるとしたら、」

突然、彼が続けた。

「それは僕が受けるべきなんだ」

私はなにも言えなかった。なぜならなにも言う資格もないように感じられてしまったから。

私は君の横顔が好きだ。できれば君は左側で、ちゃんと私の利き手を支配してほしい。わがままを言わせてほしいんだ、君は私のわがままにあきれてため息をついてほしいんだ、仕方ないなと頭を撫でてほしいんだ、お願いだからそんな空洞みたいな瞳でこっちを見ないでよ。

君が悲しみにはなれないことは、私が君の悲しみに溶けることができないことと同じくらい絶望的だ。

ただ、ひとつだけ伝えさせてほしい。

君の悲しみは、もはや私の利き手を痺れさせるほどの猛毒だ。それ以上に君が身を預ける狂気は私の心身をひどく不安定にさせる。

けれども、今日はそれらを美化していい夜ではないだろう。私は、君のパートナーとして、君の笑い声を耳と体で受け止めつつ、君の悲しみに心を傾け続けてみせよう。

悲しみは悲しみのままにしておこうね。現像した写真みたいに、いつか自然に色褪せる時がくるまで。

明るい場所がひなたになる

朝、出勤のためマンションの玄関を出るとそこに蝉の遺骸が落ちていました。夏も終わるなぁと感傷に浸る間もなく、そのすぐそばにサワガニが落ちていました。

海のない都市で果てたサワガニが最期に見た空の色を想像するにまったく及ばず、はてどう捉えるべきかなどをつらつらと考えていたら、ぽつぽつと雨に降られました。秋雨前線の影響なのかな、あいわらず季節のうつろいは容赦ないですね。

昨日、noteでとんだ醜態を晒しました。トークノートを利用して、愚痴にもなっていない情けない吐しゃ行為に手を出してしまいました。そんな自分に心底ガッカリして、今朝は少し凹んで職場へ行きました。

職場で、「自分は自分が思うよりずっとくだらなくて情けない輩みたいだ」とこぼしたら、職場のクールビューティーなお姉さんが、「そりゃ笹塚、自分を好きな証拠だよ」と。

曰く、「取り返しのつかないことを取り返しに行くのが、あたしたちの仕事でしょ」。

かっけぇーかっけぇーひいき目を差し引いてもかっけぇー(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾

さらに、「陰口なんかに及んだなら、その倍以上のひなた口を言いなよ」と。

ひなた口とは「陽口」と書くらしく、文字通り陰口の逆なのだそうです。お姉さんは続けました。

「気にくわないこと? うん、その辺に溢れてるけど。でも、んなもん逐一相手にするほど、あたしは優しくないからね」

やっぱかっけぇー……どこまでもついていきますぜ!

「いやウザイわそれ。だいいち、笹塚には唯一無二のダーリンがいるだろ」

あ、そうでした〜。

というわけで、やれ「傷の舐めあい」だの「ただの慰め」だのと批判したがり系ピーポーは今一度、「傷を舐めあえる相手がいること」や「慰めの存在しない生活を想像すること」をオススメします。

もうね、人だから。出会いも別れもフォローもリムーブもブロックも、米虫も削除も人だから。群れてしか陰口を叩けないのも、ほら、小学生が連れ立ってトイレに行くアレと大差ありませんし。そう考えたら、「ソレ系の言動」に心を揺らすほど私も繊細じゃないんで、もうどうでもいいでーす(ここで陰はおしまい)。

そう、人の気持ちは季節同様、どんどん移ろいます。それだけです。そもそも、こちらが勝手に期待するから痛いんだよね。だったら期待するのをやめれば楽になるんじゃないかな。これはとっくに理解してたはずのことだけど、いざ無視されると「あ“?」などとゴキゲンを傾けてしまう低俗なレベルの私が、それでも今夜胸を張っていいのは、他でもない自分がそんな自分を許したからです。

私、えらーい( ´∀`)♪♪

さて、せっかく「ひなた口」というスキルを学んだので、たくさんひなた口を言おうとあれこれトライしました(そしてそれを「なんか楽しそうだな」とノリよく絡んでくれる職場のみんながやっぱり大好きだ)。

以下、一例を抜粋します。

1.コスパ最強説

「笹ちゃん通勤時間長いじゃん? なのに週5で通っててほんとえらいよー」
「まーね、まかせて! たまに朝のライナーに乗れる日は、ホームにライナーが入ってきた瞬間に『イケメン……』って気分上がるくらい電車が好きなの!」
「それコスパ最強じゃん!」
「定期券マジ尊いわ」
「そんな笹ちゃんマジ尊いわ」

2.しかも

「ここのランチはいつもはしょっぱいなと思うけど、夏で汗かいたらミネラル豊富だからありがたいよね」
「しかもこの立地でこのボリュームで1,000円でお釣りがくるって大切」
「しかもお釣りでコンビニコーヒーが買えるし」
「しかもコンビニコーヒーのクオリティもなかなかだよ」
「しかも我々の午後の平和は守られたも同然じゃな」
「しかもじゃな」

3.合いの手

「笹ちゃんはなんで家で全然テレビ観ないの?」
「ラジオが好きだから」
「というより?」
「CDで好きな音楽をかけて過ごす日もあるし」
「というより?」
「リビングは間接照明しかつけないからその方が落ち着くんだよ」
「というより?」
「その空間で読書する夫を観察しているときが至福です」
「正直でよろしい」

***

こんな塩梅で生まれたたくさんの「ひなた口」の中で、キラリと光る名言を発したのは、たまたま事務所に顔を出した、古希をドリフトかけて駆け抜けた素敵なレディでした。

「笹塚さん、ウチの娘がね、あなたに憧れているって言ってたよ」
「えっ!? 娘さん、私とそんなに年齢変わらなくないですか?」
「ふふ。がむしゃらにやってれば、みんな誰かの憧れになれるのね。自分も誰かにとってヒロインだってこと、忘れないことよ」

わーーーきゃーーーきゃーーー( ;∀;) 私はあなたに憧れます!!

ちなみにそのレディの「迷言」は以下です。

「巣鴨が『おばあちゃんの原宿』ですって? フン、笑わせないで。原宿こそ『ひよっこの巣鴨』でしょうが

かっけぇー……やっぱ「名言」だわ。

ということで、確かにポジティブな言葉で本当の気持ちにフタをするのは違うけれど、日が差すからそこは明るい「ひなた」であるし、明るい気持ちを注ぐからこそその場所が「ひなた」になるのだと実感した一日でした。

明るいことを考える、光が差すと、そこにはもれなく影が生まれます。でも、それは陰口を言っていい免罪符になどならないし、そもそも楽しくないという意味でまったく私の美学に反するので、これからもほがらかな「ひなた口」を心がけたいです。

帰宅したらサワガニはいなくなっていました。今頃きっと、天国でセミと仲良く過ごしていることでしょう。「セミとサワガニ」って、それだけでなんか書けそうだなとか思ってしまう、執筆ホリックの私めでございます(仕事関係の原稿は全力で除く)

幸せと無化調の近似値

今日は深めの時間まで珍しく神保町におりました。外部の会議が定時より早めに終わって、じゃあ古本屋とか雑貨屋とか覗いて帰りますかねー、となんとなく駅方面を目指して歩いていたら、タイミングよくダーリンからLINEがピロリン。

彼もまた、都心で某所での講演を終えたところだったようで、「まだ明るいから、たまには寄り道して帰ろうか」と。金曜日だし!

二人してお酒は飲まない(私は薬うんぬん以前に体質的にダメ。彼は本当はザルというかワクの領域なんだけど私に合わせて飲まなくなって、友人たちとのたまの飲み会で付き合いに飲む程度になりました。以前は平然とウォッカとかのグラスを傾けちゃってて、それでいて顔色がまったく変わらない姿に、当時片思いだった私が数人で訪れていたバーの隅で隠れて悶絶していたのは、ずいぶんと前のお話です……)ので、夜の都心は居酒屋だらけだから正直どうかなーと思ったのですが。

神保町は、確かに夜になると居酒屋がそれなりに増えるものの、ふわりと漂うサブカルのかほりと下町の粋な空気が程よく混ざった感じが、ふたりにしっくりきました。確実に夏に化けていく湿り気のある心地よい夜風を浴びながら、つれづれに散歩しました。いつも平日は単独か、職場の仲間としか歩かないこの街を、ダーリンと歩いてみたの巻。なかなか嬉しい。

街には、地名がついています。当たり前のことなんですが、その名前から想起される個性がありますよね。吉祥寺だったらとりあえずおしゃれ、とか中野だったらなんとなくディープ、とか南青山だったらとりあえず自分浮きそう、とか(※多摩地区市民のコンプレックスなので非参考推奨)。

神保町の古本屋街〜すずらん通り付近の本屋には、「誰がどういう動機で買うのだろう」と私の理解などはるかに及ばないアレな本やナニな本が所狭しと並んでおります。興味はあるけれど手に取る勇気はないチキンな私なのですね。でも、そういった古書たちが「陽の光で色褪せしないために日陰に置かれている」という店側の配慮がむしろ文字通り「日陰者」っぽさを演出していて、その光景だけでも興味深かったけど誰もそこに余計なツッコミは入れず、真剣に本を選ぶ猛者たち……に混ざって、割と本気で1983年?だかの「明星」という雑誌を手にしているダーリン ∑(゚Д゚)

おおぉ……なんというか、周囲の猛者たちに馴染んでる笑笑。

なんだー、そういう芸能ゴシップとか実は好きなのかい? と茶化したつもりが、彼は首を横に一回振り、ぽつりと一言。

「この表紙に名前が載ってる中で何人が、今も生きているのかなって」
「歪んだ楽しみ方をするんじゃないよ!( ̄ロ ̄lll)」

これは私の主観からは出られないし母数も「1」なのでデータとしての客観性に欠けることは承知の上で申し上げますが、彼の性格のブラックさが増すのは、週末が多い気がします。一人称のブレ(=人格の揺らぎ)が起きるのも週末に多いし、こちらがかなりギクリとするような言葉(暴力的でもなければ汚いわけでも下品なわけでもないのに、心の痛覚を狙いすましたような言葉を容赦なく突き刺してくる)のも、金曜日が多い……気がするのです。ちゃんとデータで取っておくんだったな。

さて、歩き回っているうちにおなかもすきました。なんとなーく歩いて、なんとなーく見つけたのがこちらのお店。

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偶然見つけたけど、店内も明るくてラーメンも美味(*´ω`*)「瀬戸内レモンラーメン」なるメニューにも惹かれましたが、初訪問なので、二人して塩ラーメンをチョイスしました。でもこの塩も、「弓削塩」という幻の塩を使っているという逸品で、優しくて奥深いスープが体に嬉しいラーメンでした。ヘッダー写真は、珍しく食する前に撮影に成功した(いつも食べ終わりかけてから「撮るんだったー」が多い)「弓削塩ラーメン全部のせ」です。

とっても沁み入る味わい深いラーメンでございました。ふぅ、幸せ。

しかーし、ラーメンもさることながら、この「ねいろ屋」は実はかき氷が名物らしいのです。ちゃんと覚えていないけど、ラーメンがだいたい650円(あの立地・無化調でこの値段はかなり破格)~トッピング全部のせで1,000円くらいだったのに、かき氷は1,200円はしたような。追加注文はできないとのことで、ここはワンチャンで攻めなければならなかったのですが、

「いやぁ、でも高いよねぇ。だってかき氷でしょ……?」

という、自分たちの中に根を下ろし続ける昭和生まれの既成概念(なにそれ)に勝てず、ラーメンだけしか注文しませんでした。今になって悔しくなってきたので、次回はかき氷をメインに訪問したいと思います。個人的にはピスタチオ味がとても気になってるのよ。

さて、さきほど無事に帰宅し、やっと一息つきました。今週は(も?)忙しかったけれど、金曜日が来てくれてホッとしています。そうだ、なんだかんだで毎週金曜日には金曜日がくるんだねぇ。至極当たり前(とされる)なことに喜びを見いだせる今の自分は、そんなに嫌いじゃないというかむしろ好きかも。あ、これ、すごい大事。

仕事でもプライベートでも、このかん……それこそ17年以上……たくさんやらかしてきたし、失敗したし恥もかいたし、さんざん傷ついたしそれだけ傷つけただろうし、迷惑をかけただろうし心配をかけただろうし、きっとこれからも私が「空間図形としてこの世に生きている限り」繰り返す過ちも大いにあるのでしょう。

でもね、なんかもうそれでいいのかなって。ん、いやいや、それ「が」いいのかなって。多くを自分に課して常に心が飢えてしまうより、完璧とか完全、普通とか正常な人間なんてどこにも存在しないミスター阿部礼二(≒アベレージつまり平均値。これ、何人の方に気づいてもらえたんだろう。。)なんだから、阿部礼二さんに心を殺されないためにも、自分の言葉でどんどん発信しちゃいましょう! という気持ちに至っています。

主治医が少し慎重に経過を診たいということで、精神科への通院が月1回から月4回(毎週土曜日)に増えたことも、今一度立ち止まってみるいいきっかけになるのかもしれません。

うん、大丈夫。他人様がどうあれ何を言ってきたところで、明日もきっと私はゴキゲンだ。夫といえばフライデーナイト効果かほんのり闇方面に向かっているみたいで、さっきから壁に向かってぶつぶつ何か唱えてます。でもこれ、我が家ではよくある光景なんです。だから別に驚きはしないけれど、内容が気になる……。もしかして歌っているのかな? うーん、ここからじゃよく聞き取れないので、

ちょっくらちょっかい出してきます(‘◇’)ゞ

それでは皆さまもどうぞ良い夢を。おやすみなさい。

私の気分を上げるコトモノは優しい壊れかたをする

とある休日に東京の西の西の隅っこの村にある隠れ家イタリアンに突撃。ここのブルスケッタより美味しいブルスケッタはきっと都心にもないと思うの。

会議のため私の職場へひょっこりやってきた夫が「昔誰かがどこかのお土産で買ってきたけど誰も解けないのでオブジェとして放置されていた知恵の輪」を休憩時間にするっと解いた瞬間。現場騒然。でも解いた本人が一番驚いてた。選ばれし勇者か。

神保町某所の雑居ビルの古めかしいエレベーター。なんとドアが手動式でした。生まれて初めて見たです。これは内部から撮影した鉄格子。夫がぽつりと「懐かしいな……」。いうまでもなく閉鎖病棟的なアレですね?

手動エレベーターをクリアして辿りついた、神保町のカレーカフェ Cafe HINATA-YA。キュートなハシビロコウがお出迎え。缶バッジなどのグッズやテイクフリーの「ペーパーブログ」なども楽しめます。

チキンカレー(奥)とエビトマトカレー。緑色のライスはホウレンソウを使っているそうです。カフェはほぼ貸し切り状態で、のんびりまったりできて癒されました。

ここのところプライベートがもっさもさしていたので、気分を上げたいぞ!ということで maRe maRe DAILY MARKETで夏用サンダルをゲット。ペディキュアをまだしてないのでなかなか履けてない。。ペディキュアって自分でするの難しくないですか?

仕事帰りに仲間と散歩していて偶然出会った「AMMONITE COFFEE MARKET」。またもや貸し切り状態。気の置けない奴らとマイペースに嗜むコーヒーは至上系の香りがしました。メレンゲとマカダミアナッツの焼き菓子(名前忘れたー)も美味でした!

別の日にはずっと気になってた「猿田彦珈琲」にやっと行けました!これは番号札だって。おされー。店内が間接照明だったので落ち着いた雰囲気を堪能しました。もちろんマンデリンを飲んだよ!ピスタチオのアイスもうまうまでございました。

現在、新宿で開催中の「みんなのレオ・レオーニ展」になかなか行けないので、せめて気分だけでも浸ろうと最近ではフレデリックをおともに仕事しています(これは水筒)。彼のこの眠たそうなおめめ、最高です。銀座にあるという期間限定の「レオ・レオニカフェ」も気になってる。

フレデリックの万年カレンダー。毎月1日に組み替える作業が地味に楽しい。あとやっぱり眠たそうなフレデリックかわいい。余ったブロックの組み立て方にその人の精神状態が反映されるというのはただの都市伝説ですか?(今気づいたけど日曜日がズレてる…もう7月終わるよ…?)

最近一推しのブランド「OJAGA DESIGN」のiPhoneケース。カラーバリエーションの多さ、カウレザー独特の馴染み感、なんかお口からだばーっと垂らしているこの子がもう愛しくてたまりません。

キミと重ねるchronicle

なんか↑こういうタイトルのラノベとかありそうだよね。こんばんは、笹塚です。先のnoteではご心配をおかけし、またたくさんのnoterさんに気持ちを寄せていただき、本当にありがとうございました。ですので、最初に書きますね。昨日ですが、おかげさまで夫の手術は無事に成功しました! ただ、術後の経過を今後慎重に見極めていかなければならないこと、もともと彼が持っている障害との兼ね合い(本来、術後に使いたいけど精神科の常時薬との関係で使えない薬があることなど)や手術後の身体面・精神面、両面のフォローを丁寧にしていく必要などがあります。そこは、パートナーである私もまた、彼と一緒に踏ん張るときなのだろうと覚悟を決め、これからはそういった、日常生活において「今までとは違った側面での工夫を作り出し、トライし、そこに楽しみを見出すこと」をふたりで重ねていきたいと思います。今はまだ全然暗中模索ですが、なんとかなるでしょう。いや、なんとかするのだー。

皆さん、ありがとうございました。noteをやっていてよかったと思います、心の底から。

で、ここからは通常運転なテンションの「笹塚的日常」をお届けしたいと思います。見出し機能とか、初めて使ってみたりして。恩返しになるかはわかりませんが、皆さんに少しでも笑顔がお届けできれば、これ幸い。

1.帰ってきた男

2019年5月20日(月)。いよいよこの日が来やがったぜ……とばかり、なんだか朝から口数の少なめだったふたり。天気は曇りのち雨、翌日は大雨になるとの予報が出ていました。うーん、入院予定自体は一泊二日の弾丸なのですが、なんとなくこれは嵐の予感……とか私は勝手にシリアスモードに突入していたのですが、出かけ際に夫が、「動きやすい服装がいいなぁ」と言ったので「好きな服を着れば、少しでもテンションが上がるかもね」と返しました。その結果が以下です。

・上半身:黒いTシャツにフード付きのグレーのパーカー
・下半身:黒いスウェットに青いスニーカー
・所持品:パンパンのボストンバッグとショルダー

……。私は、家を出てもしばらく気持ちが張り詰めていたのですが、最寄りJR駅の近くのペデストリアンデッキで、はたと気づいてしまいました。

彼のこの格好は、なんというか「無実の罪で服役し、ようやく刑期を終えて刑務所を出所し、刑務官に『よく頑張ったな。二度と戻ってくるんじゃねえぞ』と言われ『ありがとうございました……っ!』と涙する、暗めの過去を背負った系の男性(その後に、彼の帰りをずっと待っていた系の健気な女性と再会する)」じゃないかと。そしてそれを率直に彼に伝えると、「設定がチープ」と切り捨てられました。く、悔しい。でも、確かにチープね。

2.メビウスリングの罠

なんとか病院にたどり着き、なんとか入院手続きを済ませました。書類だらけでひーひー言っていたのですが、入院誓約書の署名欄に日付を記入するくだりで、私は恐らく生まれて初めて「令和」と書いたのです。思わず、

「おおっ、これは慣れない!」

と呟いてしまったのですが、受付のお姉さんは優しく、

「ですよねぇ、私もです」

と言ってくれたので、へへへ……と照れ笑いを浮かべた私。結構恥ずかしかったけど、笑えたならそれでいいのです。

その後、病棟へ着いて一息つき、それから担当の看護師さんがやってきました。とても若くて、はつらつとした挨拶が気持ちいい、かわいい女性でした。その看護師さん(Aさんとします)が、入院の間に手首に装着するバーコードつきのリストバンド(これで色々と患者の情報を管理するらしい)を夫に巻いてくれたのですが、「あっ!」とAさんが呟き、夫も「あ……」とこぼしたので、何事かと思って荷物を整頓していた私が顔を上げると。

夫の手首に、ねじれた状態でリストバンドが巻かれていました。

ちなみに、患者が勝手に取り外したりするなどの不正を防ぐために、装着できるチャンスは一回きりなんですね。Aさんが目をぱくちりさせていたので、こんなことで彼女の看護師としてのキャリアに影を落とすのももったいないし(?)、注射や点滴を間違えた訳でもないので(それは困る)、夫がすぐさま、

「バーコードは読み取れるし、問題ないですよ。それになんだか、メビウスの輪みたいで面白いじゃないですか」

とAさんをフォローするように言ったのですが、残念ながらAさんには「メビウスの輪」という単語が通じず、「え、何?」という表情をされたので、夫は「なんでもないです」とだけ付け加えて、そのまま俯いてしまいました。

どんまい!(Aさんがね)

3.なんだ、泣いているのか?

入院手続き自体は午前中だったのですが、手術開始は13:30を予定していました。「13時頃、またお迎えに上がりますね」とAさんは去っていきました。もしかしてこれは、12:45から放送される「なつぞら」を観られるのでは?(先週分は結局、新テレビで20分の総集編を観たのですが、それだけでもめっちゃ泣きました。リアルタイムで観られなかったのが本当に悔しいです)と気づいた私たちは、手術の準備を素早く済ませると、12:45にチャンネルをしっかりと合わせて、面会者用のソファに並んで座り、なんとか放送を観ることができました。「なつぞら」をずっと観ている方にはわかってもらえると思うのですが、今週の月曜日は主人公がいよいよ北海道から旅立つ大事な回で、終盤で主人公との別れに育ての祖父が人知れずむせび泣くシーンがあったのですが、そこで二人とも涙腺崩壊でした。じいちゃんの気持ちを考えるともう、切なさが切なくてああもう切なすぎだろ! ということで、二人してぐずぐずと涙を流しているところへ、13時になったのでAさんが迎えに来て。

……なんだ、泣いているのか?

と完全に誤解をしたAさん(これはやむをえない)は、精一杯はじけるような笑顔を私たちに提供し、

「大丈夫です! 私たちも全力を尽くします!」。

えっと、違うんだ。これはだいぶ違うんです……とは言えず、「ありがとうございまずぅ……」と、鼻をずびずびとかむしかできなかったふたり。いざ、誤解されたまま手術室へ!

4.拒絶されし音楽

てっきり私は、上方に「手 術 中」と赤く点灯した廊下(薄暗いイメージ)に設えられた長椅子の上で手術の成功を祈りながらじっと待つものとばかり思っていたのですが、手術室までのルートも、手術室に続く部屋も拍子抜けするほど明るくて、手術室に入っていく夫が「じゃー、ちょっと行ってくるわー」といつも通りに飄々と言ってくれたので、ここで私の緊張の糸は少しほぐれました。しかも「ご家族は病室で待っててくださいね」と医師に言われたので、そういうものなのかーと思いつつ、一人で病室に戻りました。ですので、ここから先の「4」のエピソードは夫からの伝聞です。

手術室はテレビドラマなどでよくあるあの「切迫した感じ」はなく、患者を少しでもリラックスさせるために(夫の手術は局所麻酔だったのです)、好きな音楽をかけてくれるのだそうです。アレクサが置いてあって、医師が話しかけると応じてくれるそうな。それで、夫はこの前も六本木までライブに参戦したくらいに好きな筋肉少女帯をリクエストしたそうです。ところが、医師が「アレクサ、筋肉少女帯の曲をかけて」と言ったところ、「お探しの曲は見つかりませんでした」と返されたとか。

そう、彼らはアレクサに拒絶されたのです。

そこで医師が「すみません、ないみたいです。次に聞きたい曲は誰ですか?」と訊いてくれたので、夫は少し考えたのちに「オフコースと小田和正が好きです」と答えたそうな(振れ幅がひどい)。で、それはアレクサのお気に召したそうで、それがランダム再生で選曲され、手術はようやく始まりました。

小田和正のクリアトーンボイスが流れる中、麻酔針だのメスだのが夫が侵襲したわけですが、いざ執刀という場面になって、小田さんの声で「もう 終わりだね……」とか「さよなら さよなら さよなら~あぁ~♪」とか流れたのはなかなか、不吉だったなぁと本人はのちに笑顔で振り返っています(伝え聞いた私がびびった)。

5.野獣の瞳

数時間後、手術が無事に終わり、夫が病室に戻ってきました。その間、私は文学フリマでゲットした本を読んだり、帰ったらnote(この記事です)に書くネタを持参したメモ帳に書き留めて蓄積したり、病室からは東武線が走っているのが見えたので、普段あまり見られない路線の車体が見られたことで気持ちを落ち着けたり(鉄道が好きなことは、こういう時にいい作用として活きるね)していました。

その日の夜に私が使う予定のベッド代わりのソファがあったのですが(「なつぞら」を二人で観て号泣していた事件現場)、それを何気なくいじっていたら、なんと一部がびょーんと延伸して、ソファについていたクッションを外していい感じに配置すると、なんと立派なベッドに変身したのです。す、すごい機能的! あ、でもこれ、私が気づかなかったらどうしたんだろう……まあ、自力で発見したところに価値があるんだろうな、と思い直したりして。

夫は局所とはいえ麻酔が体に回っていたため、意識は朦朧としていました。酸素マスクとか着けちゃって、点滴に繋がれちゃって、もういかにも「ザ・病人」という体で(いや、病人なんだけどさ)。その姿を見るのがちょっと辛くて、でも目を逸らすのは絶対に違うと思ったので、私が懸命に夫を見つめていたら、うっすらと目を開けた夫が一言、

「心琴……睨まないで……怖い……」。

がぁぁぁん! なんかごめん!!

まぁでも、無事に帰ってきてくれたので一安心、いや百安心くらいしました。それで、安心したら途端に空腹を自覚する安定のクオリティで、そういえば昼食を摂っていなかったことを思い出したので、病院の売店で午前中に買っておいたクリームパンを頬張りだしました。それからもそもそと、いろいろを食んでいたのですが。

少ししてから、今度は私が強い視線を感じました。

思えば、夫はこの日の手術のために朝から絶食状態で、手術後も3時間は絶対安静。水も飲めません。その傍らで、私はやれ「『悪魔のおにぎり』って病院で売ってていいやつかぁ? 悪魔を白衣の天使が買うのかよ」だの「これ面白~い! おいなりさんの中にうずらの卵が入ってる!」だの「ミックスナッツのスムージーまじでおいし~また買お~」だのぶつぶつ言いながら(※笹塚は基本的に独り言が多い、らしい)ほくほく顔で食べていたら、

夫が飢えた野獣の瞳で、こちらを凝視していました。

びびり上がった私(普段、人に対して怒ったり批判したり、そういうネガティブな感情を絶対に向けないだけあって、一線を越えた時の彼は本当に怖い。堕ちたらダメやなつです。そしてたぶん、本人にもその自覚はあると思うの)は、何を思ったか、

「あ、見てこれ! パンとおにぎりとドリンクしか買ってないのに、店員さんがお箸をつけてくれたよ! ウケる~」

「……」(睨む)

「そういえば、さっき来てくれた人生経験豊富そうな看護助手のおばちゃんがね、部屋を掃除してくれた時に『お嬢ちゃん、若いのに大変ね』って話しかけてくれたの。『お嬢ちゃん』だって『お嬢ちゃん』! 嬉しいな~」

「……」(朦朧とする)

その後も、何かを言ってはすべり続ける私。睨んだり意識を失ったりと何かと忙しそうな夫。なんだろう、これがもしシチュエーションコメディだったら、結構、再現の難易度が高いやつだ……。

と、そこへAさんが登場。

「お疲れ様でした! 旦那さん、あと1時間で水分からOKになります。夕飯は常食でお出ししますね。もう少しの辛抱ですからね」。

……天使だ……。Aさん、あなたは夫にとって「この地獄はあと1時間で終わる」ということを教えてくれたという意味でも、私にとって「すべり続ける恐怖から解放してくれた」という意味でも、正真正銘の天使です!

6.二号がいるのかよ

ようやく絶対安静から解放された夫は、夕飯に出された病院食をあっという間に完食しました。「おいしー!」「うまっ!」を連発。「空腹は最高のスパイス」と歌っていたのって、RADWIMPSだったっけ。

機嫌の戻った夫とようやく、のんびりまったりな時間を過ごしました。そこで、今日の手術がうまくいったこと、今後の生活や仕事のこと、いろいろあるとは思うけれど、これからもよろしく、な話をしました。

ああ、場所こそ病室の中でしたが、なんだかふたりの時間を取り戻せた気がして、ふっと気持ちが緩みました。

そうだ、テレビでも観ようか、と珍しく夫。何か観たい番組でもあるの? と訊きましたが、「なんとなく」。まぁ、そういう気分だったんだんだろうね。それで、なんとなく選局した番組(たぶんBSかCS)で、番組のBGMに「ムーンライト伝説」が使われていたのです。おお、これはなかなか懐かしい。私がノリノリで「ごめんね~素直じゃなくって~♪」と歌いだしたところ、夫が「あ、セーラームーンの主題歌だ」と。

「お、知ってんの?」

「もちろん」

「ほほう……では、セーラームーンの中で一番好きなキャラを答えよ。ちなみに私はセーラーウラヌスだ」

「僕は、セーラームーン一号かな」

「昭和の仮面ライダーみたいな表現やめろ」

二号がいるのかよ。

7.通常運転を目指します

夫の入院→手術→退院、という怒涛の二日間でしたが、なんとか乗り越えました。夫は精神障害こそあれ、身体的には病気の部分を除いて極めて健康体らしく(血液検査でいつも褒められるのだそうな)、入院スケジュールも医師が「一泊二日でいけます!」と太鼓判をおしてくれましたが、本当にその通りとなりました。執刀医のK先生、天使のAさん、看護助手のおばちゃんなどなど、ものすごい短期間でしたが、いろいろな人の連携プレーに助けられました。

そして、退院手続きが終わってようやくwi-fi環境に突入し、やっと皆さんからnoteにいただいたコメントを読むことができました。緊張の糸、というか束がバサッと切断されて、皆さんからの励ましの言葉に、私の脆弱な涙腺がもつわけもなく。

だばーっと涙が溢れて、いざ外に出ると、もうものっそい大雨と強風。あー、なんだかこの天候は私の心象風景だわ……。などと思ったりして。

もちろん、まだ安心はできないし、大手を振って「平和だー」と言える状況ではないのですが、それでも、これから先いろいろ待ち構えているにせよ、もう「ふたり」なら大丈夫だよね、という実績をまた一つ、積み上げることができなのかなーと感じています。

今日は、自分の気持ちを整頓するためにこのnoteを書くので精一杯なので、タイムラインには明日以降、顔を出したいと思います。早く通常運転に戻って、創作を楽しんだり、たまに夫婦喧嘩をしたり(仲直りの瞬間が好きだからするのだ)、仕事でうわーっとなったら地元ででうぇーいと息抜きと称してカラオケに行ったり、まだ行ったことのないカフェなどを新規開拓したり、失敗とか恥とか悔しさを味わってもそれをかなり早いスパンで「笑い」に変換できるようなゴキゲンな日々を送りたいです。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。ではでは、少し早いですが、おやすみなさい。

明日が来てしまうね

楽しい時間というのは、どうしてあっという間に過ぎるように感じてしまうのかなー。今日という日まで、なんだかんだでご機嫌よろしく、ふわふわと無事に日常を送れる喜びを噛みしめてきましたが(もっとも、不調に陥ってたくさん心配をかけてしまったりもしたけれど)。あぁ、返す返すもこの前の文学フリマは本当に楽しかったな。うん、たぶん自分の中で「文学フリマまでは、直視しないでおこう」という、勝手なモラトリアムを設けていて、それが実際過ぎてしまって、いよいよ向き合わざるを得なくなったことも、精神的な不調を招いた一因かなとは考えています。

ここで「このこと」について書くべきか書かざるべきか、そもそも本人の気持ちも確認しないで書くのはどうなのかとか、さんざん悩みました。でも、この場が自分の気持ちを整えるために有効であると割り切って、今日のnoteを書きたいと思います。この場でこういう「甘え」や「弱音」(なのかな?)を書き連ねてしまうことを、どうか許してやってください。

いつか、自分たちの経験を明文化することによって、似たような経験や境遇の人たちの参考にでもなるのなら、この数年間抱えてきた苦しみや葛藤も、いずれ社会に還元できるなら。今はそう願っています。

本題を書きます。単刀直入にいうと、明日、夫はとある疾患のために手術を受けます。仕事の時間をどうにかやりくりして、プライベートの時間をある程度犠牲にして通院を続け、あちこち検査もして、決して安くない薬の服薬なども継続し、考えられる手段はすべて講じてきました。

ですが、非常に悔しいことに医師からは「手術しか、もう解決の手段はありません」と断言されたのが今年の3月。結婚のために今住んでいる街に私が引っ越してきて、ちょうど丸6年を迎えた頃でした。

今思えば、結婚前から私のほうが、「あれ?」と、彼の身体的な異変には気付いていました。でも、その時は私にも知識がありませんでしたし、「個人差なのかな」とか「いろいろあるんだろうな」くらいに思っていました。

しかし、結婚後に私が感じていた違和感が徐々に嫌な予感へ、そして確信へと変わっていったのですが……。それには、およそ数年の月日を要しました。このかんに過ぎてしまった時間のことは、後悔しても後悔しきれないくらいに後悔していて、なんでもっと早くに動き出せなかったのか、とか、彼に自分自身の異変を自覚してもらうために、私が「おかしいな」と感じていたことを率直に伝えることをなんで躊躇してしまったんだろうとか、日々の忙しさにかまけていろいろな大事なことを先送りにしてしまったことととか、今書いているだけでも後悔の念にがんじがらめになることが多すぎて、リアルに涙がじわっとしてくるのです。

でも、一番不安や緊張と闘っているのは彼なので、ここで私が涙を見せてしまうのも、傲慢になってしまうかなと思ってしまって。まさか「君の病気のことで私は泣いています」と言うわけにもいかないし、彼のことだから彼自身のこれまでのふるまいを責めてしまうだろうな……というのが想像できてしまうので、なんとか泣くのはこらえています。

今宵は夜風が心地いいので、ベランダの窓を開けているのですが、澄んだいい空気が入ってきます。普段は閉めているから気づかないけれど、窓を開けると、京王線が行き交う線路のカタンコトン(少し遠いので「ガタンゴトン」ではない)という音も耳に優しく感じられます。彼は窓辺に置いたソファに腰かけて、さっきからその夜風と電車の通過する音に耳を傾けているようです。私は、その横に設えたデスク(自宅で仕事をするときにはここを使う)で、しれっとこのnoteを書いているのです。

手術の結果次第で、今後の笹塚家のあり方というか生活がまるで変ってくるので、そういった見通しもきちんと立てなければならないことも、結構精神的にしんどかったりしてね。

25年ほど前、実父が白血病で長期の入院と骨髄移植手術を余儀なくされた際、小学生だった私は「よくわからないけど、お父さんが怖い病気になってしまった」くらいの認識しかなくて、歳の離れた弟は物心もおそらくついていなかったのですが、母が平日は冷凍食品の宅配などでどうにか生活費を稼ぎ、週末になると父のもとへお見舞いに行き、そんな生活を送ってヘトヘトになっても「つらい」とか「嫌だ」とか、そういった愚痴の類を一切言わなかったことを思い出しました。ついでに、平日保育園に弟を迎えにいく時間の取れなかった母の代わりに保育園に行っていた私に、他の園児たちが「なんか少し年上のお姉ちゃんが来たから遊んでくれるんだろう」的な認識でわらわらやってきて、「セーラームーンのルナ描いて!」と言われたので、なんとなく猫を描いても「それはアルテミスだよ!」と言われて「なるほど最近の子ども(注:自分もじゅうぶん立派なお子様でした)は細かいディティールを気にするんだな……」としみじみ感じたことも思い出しました。今思えば、黒猫か白猫かの違いだとは思うんだけど(違うのかな?)。

母が父の手術の前日、どんな心境だったのかは想像もつきませんが、いつも通りに朝食を作ってくれ、「いってらっしゃい!」と見送ってくれたのは、なんとなくですが覚えています。ついでのついでに、担任の教師には母から事情を伝えていたにも関わらず、手術当日、私はとにかくとても不安で、授業を聞いているどころじゃなかったのに(たぶん、早くに亡くなった両方の祖母に「お願い、おばあちゃんとおばあちゃん、まだお父さんを連れていかないで」と祈っていたと思う)、それが「上の空状態」に映ったらしく、教師から「こら、笹塚! お前、さっきからボーっとしやがって。ちゃんと聞いてんのか?」と言われた時には、子ども心に「これは正当な注意でもなければ叱責にも満たない暴言だ」と判断し、悔しさのあまり「うるせえ」と吐き捨て、それがさらに教師の理不尽な怒りを買い、「この時間が終わるまで廊下へ出ていけ!」と言われた時間の授業が「道徳」だったという、今思えば笑うしかないよね的な、でもその時は悔しさと不安からもう、ずびずび泣いて廊下に立たされたことをふと思い出しました。……ってこれ、もしかしたら私の「教職に対する不信」の黎明だったのかもね。

そう考えたら、母はなかなか骨太な女性なんだろうな。私や弟を守らなければという使命感もあったと思うけれど、改めて「母は強し」を痛感しています。いつまでたっても、私の一番の憧れだったりして。

かたや私は、思いをこの場に書きだすことによって自分の気持ちを保つのに精いっぱいで。でも、彼はいつもと変わらない表情(=飄々として基本的にポーカーフェイス)で、気まぐれに「エアコンのフィルター、掃除しようかな」とかいって、ソファから身を起こしてこの時間に、さっきから掃除を始めています。手伝おうか? と言っても「大丈夫」。

……彼は彼なりに、気持ちを整えているのかもしれないな。

ということで、もろもろ書き出してみたら結構落ち着いてきました。文字に気持ちを乗せることって、本当に大事ですね。ああ、明日が来てしまう。でも、明日をやり過ごせば、もれなく明後日が来る。今日偶然見かけた動画で「超新星爆発」についての解説を観たのですが、あれ本当に人知を大幅に超えてて、尊いというかもう尊いなって。なんかさ、嫌が応でも大局的な気分になっちゃうよね。

明日・明後日はたぶん、wi-fiも入らない(入っちゃいけない)場所にこもるので、少しの間、noteを離れます。ですが、必ずまた戻ってきます。皆さんの投稿を楽しみにしています。そして、一刻も早く、またふたりでのんびりまったりと手を繋いで街を散歩できる、なんてことない日常が戻ってくることを目指して、明日はなんとか乗り越えてみせます。なんとかなるさ、だって私はなんといっても魔女の娘、そして何よりも「ふたり」でいるからね。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。次に記事を書く時には、読んでくれる皆さんに笑顔を届けられるような私得なネタになるハプニングか何かが、病院で起きないかなーとか考えてしまう不届き者な笹塚ですが、これからもどうぞよろしくお願いします。

では、行ってきます。おやすみなさい。

我が家にテレビがやってきた

このところ、あまりに慢性的に思考が鈍ってて、今朝は職場に遅れそうになったので、焦って電車を降りてから乗り換えの新宿駅構内でなんとか空間を確保し(東京の朝のえげつないラッシュ時に、それがいかに難しいかを味わいました)「少し遅れる」旨を伝えたくてメールを送ったのですが、以下がその文面です。間違い探ししてみて。

「おはようございます、笹塚だと思います。すみません、少し遅れます。事務所にはあと30分くらいで到着できると思います。」

→先輩から、すぐに優しいツッコミ付きの返信が。
「笹ちゃん、大丈夫!(^^)どんな時も笹ちゃんは笹ちゃんだー、自信もってけ!」

おおぉ……たぶんただボーっとしてて打ち間違えた凡ミスなんですが、あ、ほらでもたまにリアルに分裂するし(こらこら)、それはそれであながち間違ってはないと……。

いや……純粋に恥ずかしいやつだこれ。ふはは。こういう時は、笑ってしまえばいいのよ!まったく小っ恥ずかしいわね、ホホホホ! うわーん(こっちが本体)

さて、そんな相変わらずゴキゲンな私ではありますが、「我が家にサンタがやってきた」的でもあり、「もはや戦後ではない」と喧伝された1950年代頃の日本人の憧れだったという「三種の神器」の一つ的でもあり、何よりも「あなたのお宅には今までテレビが無かったの?」という素朴な疑問をも彷彿とさせる、なんともキャッチーなnote記事のタイトルをつけることに成功した気がしています。noteのタイトルは、ひと通り本文が書き終わってから後付けでつけるパターンがほとんどなのですが、今日は書きたいことがもう決まっているので(つまりいつもは「どこに着地するんだろう……」とドキドキ思いながら書いております)、こうなりました。

我が家にも一応、これまでもテレビはありました。この前の日曜日の午前中までは、元気にあれこれ映してくれていました。ですが、別れは突然やってきます。なんとなくスペシャ(だったかな)でいろいろなアーティストのMVを流し見していたのですけれど、画面が急に、「ガーッ」と呻き声を上げ、砂嵐がちらちら混ざるようになったんですね。「なるほど、最近の若いもんのMVはなかなかに凝ってて尖った表現をするのー」と、それがテレビの断末魔だと気づかずにMVの演出だと思い込んで、しばらく何気なく放置していたのですが、

「ニュースでも観るか」

と夫がチャンネルを変えると、そこには本来いるはずの、私たちにいつも朗らかにニュースを伝えてくれるキャスターの姿はなく。キャスターの顔があるはずのあたりに、不穏な砂嵐がべったりと貼りついていました。二人して

「おおおおっ!?」

となり。そこでようやく「故障」という現実を突きつけられました。

思えば、我が家で長らく頑張ってくれたテレビは、夫が独身時代から使っていた「アナログテレビ」でした。数年前に放送波がデジタル化された時に、もう使えないのかなーと思っていたところへ、実父がその道のプロ(デジタル関係の「笹塚式ナントカ」を後世に残すべく、パーキンソン病と闘いながら現在も絶賛アウトプット中)だったことから、こんなアドバイスをもらいました。

「デジアナ変換をすればいいよ」。

なんだそれは。たぶん「デジタル」と「アナログ」のハーフ的なやつだとは思うんだけど、娘にはカケラほどの知識もなかったので(ごめんよ父ちゃん)、とりあえずその指示どおり、「デジアナ変換」をして、その時は新しいテレビは買わずに済みました。

それから数年。そう思えば、よく頑張ってくれた……! ありがとね、うんうん。

そんなわけで、午後から自宅近くの家電量販店へ行きました。ずいぶん前に「家電リサイクル法」が施行されていたというのを知らなかった私は、「え、500円とか粗大ゴミシール買えば引き取ってくれるんじゃないの?」と発言したところ、夫があきれて、

「法律や制度は君の得意分野でしょうが……そこにくらくて、どーするんだい」。

なかなかに痛烈な一言です。違うんです私は自分の仕事に関係の強い法制度などには食いつきますが(というか、否が応でも食らいつかざるを得ない)、まぁ別にーと感じたらまったく入ってこないのです。アタマのスペックもたかが知れてるし、無理もできないし。。

まあとにかく、家電リサイクル法に基づいて、数千円が消えていきました。無学な私にとっては、それは想定外の出費だったわけです。だから、テレビ本体代に「プラス3,500円で取り付けに伺いますよ」と家電量販店の店員さんに笑顔で言われても、私はそれを丁重にお断りしました。夫は困った顔をしていましたが。

「取り付け、頑張ってトライしよう。自力で取り付けたほうが、愛着が湧く気がするんだ」

と、今思い返せばそれが後悔のプロローグとなる展開を私自身が、この時選択していたのです。

帰宅して、さっそく取り付け開始!

と思ったのですが、はて、どの線がどこに繋がっているんだ? 説明書を読んでもよくわからなくて、説明動画を探してyoutubeをさまよっても見当たらなくて。

ひとつその時にわかった(と思い込んでいた)ことは、VGA端子をHDMI端子に変換して接続しなければならなかったことです。なるほど、その変換プラグがあれば大丈夫なのね!

でも、同じ家電量販店に変換プラグを買いに行くのは、私のちっっっぽけなプライドが許さず、「だってさ……同じ店に行ったら、『あーほら、やっぱあの人たち自力じゃダメだったんじゃん』って思われちゃうよ……」と。へへ、くだらねぇ。

で、夫に無理を言って駅前まで繰り出し、別の家電量販店へ。そこでなんとか変換プラグをゲットしたのですが、せっかく駅前まで来たからやれコーヒーを飲みたいだの、100円ショップに寄りたいだの、私があーだこーだ言いだしたので、どんどん「新・テレビへの道」は遠のいていきました。

結局、家に帰ってきたらもう夕飯の時間で、じゃあ食べ終わってからでいいよねー、と。どこまでものんびりまったりモードでした。日曜日だったし。で、ようやく食べ終わってから、いざ変換プラグ様のお出ましだーとばかり、VGA端子に接続しようとしたのですが、

そもそもそれは、VGA端子じゃなかったんです。

「夢だけど、夢じゃなかった!」(サツキとメイ)ばりに、「VGA端子クリソツだけど、VGA端子じゃなかった!」と二人して悲鳴じみた声を上げ。

潔く敗北を認めた私たちは、契約している通信サービス会社に電話を試みました。どうしても、テレビの購元の家電量販店には言い出せなくて、なんだか喧嘩した恋人に自分から謝れない高校生みたいだなと思いつつ。ですが、私が「コーヒーわぁい」とか「100均ひゃっほー」とか調子に乗っている間に、電話受付時間が過ぎてしまっていたのです。

ああああ。後悔先に立たずとはまさにこのことよ。

で、月曜日を待って電話をしたら、「じゃあ土曜日に伺いますねー」。

な……。

一週間、待てってか……!

ということで、現在、我が家にはテレビは存在しますが映りません。でもなんだろう、「映らないテレビと一週間暮らす」のも、なかなかいいもんです。つい出勤前に「天気予報を見なきゃ!」とリモコンに手を伸ばして、「あ、映らないんだった☆(テヘペロ)」というのを毎日繰り返していて、たぶん明日の朝もやると思うんですが(学習能力低!)、情報があまり入ってこないので、もろもろに疎くなりはしますが、そのぶん、食事の後とかの二人の会話時間が増えました。

もともとそんなにテレビは観ないほうでしたが、困っていることといえば、唯一楽しみに観ている「なつぞら」が追えなくなったことです。いつもは朝に録画したのを夕飯の後に観ていたのですが、「土曜日の午前中にその週の分を一挙放送するのに間に合うかどうか」を確認したところ、業者さんが来るのは15時半過ぎとのこと。詰んだ……。

日曜日に20分くらいでやってる総集編みたいなやつで我慢するしかなさそうです涙。うっかりニュースアプリとか開くとネタバレ記事が出てきてしまうので、頑張って読まないようにはしているんですが、事情を話した職場の後輩が、嬉々として、

「いやー、まさか夕見子が、いやーまさかねー、あんなことになるとは……えっとですねー」

とか言うので「わー! やめてー!」と耳を塞ぐ日々です。平和だなちくしょう。早く続きが観たいですます。個人的には夕見子ちゃん推しなんですよね。

「映らないテレビ」に価値を見出すのも、また一興かな、なんて思ってみたり、ね。ふふふ、とりあえず今日は、もう眠ります。おやすみなさい。

遊んでる場合ですよ

こんばんは。今日はとてもいい天気でした。その好天と反比例するかのように、見事に昨夜は調子を崩してぐったりモードで(Twitterにはちらりと書いてしまったのですが)、私はあまり自分の精神的な症状について今までnoteには書いてこなかったのですが、さすがに久々にきつめの症状が出て。

自我が分裂する嫌な感覚……って文字にしても伝わらないよなぁ、まぁとにかく、自分が自分であるという認識や他者との意識の境界線がぼやけてやがて消えてしまう恐怖のような、ざっくり言うとそんな感じなのですけど、まーそのしんどいことしんどいこと。

「寝る」と宣言してから眠剤をどか飲みし(良い子もそうでない子も真似しちゃダメです、絶対)、それでも全然眠れなくて、しばらく夜の相当深い時間まで夫にそばにいてもらいました。どうにか眠ってみようとカモミールティーを飲んでみたり、昔使った精神保健福祉士の国家試験のテキストを読んでみたり(笑っちゃうくらい全然解けなかった)、夫の背中にくたーっともたれかかってみたり、いろいろしたけど、なかなか呪縛は解けなくて。

主治医からは「あまりやらないでね」とは言われていたのですが、その時私を支配していた声(=幻聴)や、びちゃびちゃとした薄暗い感情に突き動かされるまま、それらをオートマティックに文字に書き起こす作業を始めてしまい、夫はさすがにギブアップして先に眠ってしまいました。

それらを一通り書き終えたら、電池の切れた玩具のように、半ば気絶するようにして、私はようやく眠りを得ました。その時に書いたもの(文章とはとても呼べない)は、目が覚めたあとに読み返したらなんかもう、あーもーこれ絶対に晒しちゃダメなやつだ……ということで、速攻で消去しました。気持ち悪いという言葉がいくらあっても足りないくらいヤバいやつで、あんな言葉たちに囚われてたら、そりゃ、つらかったよね、昨夜の自分。。と、ねぎらうしかなかったですよ、うん。

発病からもう十年以上経っているので、こうした症状も、もはや自分の一部だし、いちいち不幸の水にさらすのも違うよなー、とは心得てはいるのですが、しんどいものはしんどいと〜言える気持ち〜抱きしめてたい〜(by マッキー)。

で、ここで別に病気のことをずらっと書いて終わる気はさらさらなくて、このnoteは、そこからのものっそいド鋭角なV字回復な記録としての日記なのです。

実は私、昨日の午後の段階で、翌日の予定を立てておりました。そう、今何かと話題の(?)埼玉県飯能市にできた「ムーミンバレーパーク」のチケットを予約購入していたのです。これはクレジットカード決済で、来園日付指定、しかも払い戻し期限はとうに過ぎており。

病んでる場合じゃねぇ!

私はガンガン痛む頭を抱えてどうにかシャワーを浴び、適当にサプリメントをつまんでそれを朝食認定し(こういう食生活の乱れも良くないとは思う)、今が何時かよくわからないままに出かける支度を始めました。ようやく意識がはっきりとしてきた頃、夫は洗濯物を干していました。いい意味で「放っておいて」くれたのです。この、絶妙な距離感は、お互いに障害を持つ者同士ならではのスキルかもしれません。

「起きた?」

「うん」

「大丈夫?」

「あんまり」

「ムーミンは?」

「行く」

そんな塩梅で、グロッキーなままではありましたが、車に揺られて向かうこと90分。お、何だか思ったより近い。

そしてそして、以下、語るより見てくれ! なムーミンバレーパークの記録です。では、どうぞ。











補足すると、ムーミンバレーパークは単体でそこにあるわけではなく、「メッツァ」と名付けられた空間の一部なのです。メッツァだけでも十分に楽しめそうでしたが(Wi-Fiも飛んでたし、レストランもカフェもショッピングも楽しめました)、せっかくチケットを買ったのでムーミンバレーパークに入りました。

入場料は大人1人で1,500円。追加で料金を取られるアトラクションやアクティビティもありましたが、私たちはとことんエコノミークラスで楽しみました。つまり、お金がかかるイベントには一切手を出さず、目の前に広がる穏やかな風景を満喫し、ハンモックやベンチ、ウッドチェアでぼーっとし、新緑と青空とマリーゴールド&ネモフィラのコンボの癒しパワーをひしひし感じ、とにかく気持ちのひずみのあれこれをかなぐり捨て、余計な思考を思い切って手放し、のーんびりと過ごしました。

結果、体力的にはとても歩き疲れたけれど(久々に一万歩以上歩けた)、気持ちというか精神面は、とても晴れ晴れとしておりました。無事に先ほど帰宅しまして、ホッとしております。

チケット代1,500円で(あと駐車場代が休日はプラス2,500円)、あれだけ存分に楽しめれば、もしかしなくても、某ネズミーランドよりもコスパがめちゃくちゃ良いのでは? 千葉県ラブ民としては、あまり認めたくないのですが笑。

案の定と言うべきか、ムーミンについて微塵も知らない夫が、たくさんの迷言を残してくれたので、笹塚さんV字リカバリー記念(?)に書き記しておきます。

・「スノークのお嬢さん」を、「ムーミンのカノジョ」と呼ぶ。
→違うから!たぶん。あと表現な……。

・ムーミンは冬の間は冬眠するという私の説明を受け、「じゃあ12月〜3月初旬くらいはショーが観られないのか……(真顔)」
→そこは大人の事情的なサムシングですよ、きっと。

・ムーミンってどうやって数えるの?1ムーミン、2ムーミンって数えるの?
→ムーミンは世界に一人(この単位も違うのかしら)なのです。ゆえに数えません。「単位」のムーミンに若干「那由多」感があるのは気のせいかしら……。

・登場キャラクターに日本人がいるんだね。
→え???

……ミムラねえさんのことかーっ!!(クリリンのことかーっ!!的な)

というわけで、なんだかんだで文フリに体調の照準を合わせて踏ん張って、そこから無理して火曜〜金曜まで働いた挙句、調子を派手にガタッと崩したけれど飯能の……、おっとムーミンバレーパークの大自然に癒されまくって少し元気になったよ!

というお話でした。

「飯能w 西武池袋線の終点だろw」(※真のラスボスはもっと奥にいます)

「スナフキンが2.5次元とか萎えるわー」

「いつまで続くんだかねぇ」

などの意見もあるそうですが、まあそう言わず、場所が近い人や機会や時間が都合のつく人は、一度行ってみるのをオススメしますよー。

個人的にはパークのあちらこちらに休める場所(ベンチとかいい感じの角度のウッドチェアとか)が多く設置されていたのが、体調的にもとても助かりました。

まだ開園したてなので改善の余地もたくさんあったかもしれないけど、それは今後に期待ですかねー。たぶん、外歩きにいい感じの季節(秋くらいかな?)になったら、リピートしたいと思います。

にしても、楽しかった、けれど、まだちょっと調子が変だ(汗。

今日こそじっくり、眠れたらいいなぁ。では、おやすみなさいませ。

【お礼】文学フリマ東京!

連休が夢のように過ぎ、あっという間に現実に戻ってきた時に日常への着地に若干失敗して、「はしゃぎ過ぎて眠っても眠っても眠たい症状」が再燃中みたいです。どうしたものか、頑張っても眠たいものは眠たいので、眠るしかないのですが、眠っても眠たいから仕事中も眠狂四郎状態(何それ)でパソコンに向かっています。さながら眠れるバーサーカーです。つまるところ、眠いけど元気です。

でもごめんなさい、そんな体調なので、なかなかnoteのタイムラインを追えていません。落ち着いたら、光速でチェックに参ります!

さて、去る5/6は「文学フリマ東京」に出店してきました。いつもは出店者入場が始まる10時には流通センターに着いていたのですが、その日の私はやはり襲いくる眠気に勝てず、まず寝坊をし、その後移動の電車の中でも眠って、それでも眠たくて流通センターのローソンで「眠眠打破」を買って速攻で飲んで(このローソンがまた、なかなかの混雑でタイムロスしました)とかなんとかしていたら、入退場禁止になる10:50少し前にやっと自分のブースに到着しました。イベント開始は11時。どう頑張っても時間がありません。しかも何度も書きますがこの日私は眠すぎたので動作が非常に鈍くなっており、もう仕方ないかー、とのんびり準備を始めました。

そんなに凝った装飾はしなかったのですが、クロスを敷いたり値札を付けたり本を並べたり、といった細かい作業がことごとくしんどくて、ああ、これは今日は早めに撤収して帰宅して眠るべきか……と本気で悩んだのですが。

これはもう本当にありがたいことなのですが、開場してまもなく、たくさんのnoterさんがブースに遊びに来てくださって、緊張もありましたが嬉しさのほうが断然勝り、テンションがすここーんと上昇し、楽しさのあまりおしゃべりに興じていたら(私、たぶん根っこがおしゃべり大好きなんですね)、眠気がどこかに去ってしまいました。

お会いできた方、おしゃべりにお付き合いくださった方、差し入れをくださった方、本を買ってくださった方、あの場で私の気持ちの支えになってくださった皆さん、本当にありがとうございます!

お会いできたみなさんのお顔を拝見していたら、ふうわりと元気が湧いてきました。おかげさまで、16:30頃まで楽しく出店することができました。

今回はブースを外す時間も確保して、買い物も楽しみました。ずっと欲しかった作家さんの本をたくさんゲットできたので、もうホクホクです。

ちなみに17時までいられなかったのは、実は5/6が我が家の入籍記念日でして、文フリ終了に思い出のカフェで打ち上げを兼ねて軽くお祝いしようと計画していたのですが、お店の予約を夫に任せていたら、なんと18時に予約しやがってくださっていまして、おいおいそれじゃ大田区に17時までいたら間に合わないよー! ということで退散しました。でも、早めに上がって正解だったかな、帰りのモノレールも余裕で座れたし。

そんなこんなで、とても楽しい一日を過ごすことができました。昨日もう一度職場で確認したのですが、やっぱり次回の11/24の文フリ東京は、年に二回しかない重要な会議とバッティングしてて、出店はおろか一般参加もできません……うう。会議蒸発しないかなー(?)。

以下、5/6に起きた主なトピックです。

① ひどいひと

読書中の夫にちょっかいを出してみた。
私「なぁなぁ、『令和』って10回言ってみ」
夫「ん、令和令和令和令和令和令和令和令和令和令和」
私「ご苦労様」
夫 ( ;∀;)

②知らんがな

遊びに来てくれたnoterさんで、差し入れに「ナボナ」というお菓子をくれた方がいました。包装紙には「東京 自由が丘」の文字。もうおしゃれでしかない。これが、「東京 赤羽」とか「東京 八王子」じゃきっとダメなんだろうな……(当該地域にお住まいの方、ごめんなさい)。
それで、花柄の箱がとてもかわいかったので、夫に「見てこれ、かわいいよねー」と「ナボナ」の箱を見せたところ、突如夫がその箱を手にして、カッと目を開いて、

「ナボナはお菓子の、ホームラン王!」。

私「え……?」
何言ってんの……?
夫「え?」
私「え?」
夫「知らない? 王さんが昔、CMで言ってたじゃん」
私「知らんがな、たぶん世代が違う!」
夫「ナボナはお菓子の、ホームラン王!」
私「なんで2回言った」
夫「大事なことだから、2回言いました」
私「それは知ってる。たぶん10年くらい前にみのもんたがCMで言ってた」
夫「ナボナはお菓子の……」
私「ホームラン王!」

③飴ちゃん

文フリは毎回、午後3時を過ぎると徐々にお客さんも減ってきて、ゆるゆるのんびり、有り体に言うとものすごく眠くなるのです。かくいう私も、午前中に追いやったはずの眠気が復活しかけて、これはまずいと思い、おもむろに自宅から持ってきたチョコレートやキャラメルを取り出し、両サイドのサークルさんに渡しました。片方のサークルさんには、「あ、いえいえ結構です」とはじめは断られたのですが、私が「いやいや、疲れた時には甘いものが一番ですよー」と半ば無理やりチョコレートを差し上げました。我ながら、なんだかちょっと「飴ちゃん」をくれる大阪の元気なおばちゃん的なノリだったなぁと思ったところへ、夫がぽそっと

「大阪のおばちゃんみたい……」。

いやーん、以心伝心!

***

というわけで、反省点ももちろんあるのですが、最終的に楽しかったのでオールオッケーです。来年の5月までおそらく出店はないので(他の地域の文フリには、出られたら出たいけど)、出店者として皆さんとお会いできるのは、しばらく先になると思います。機会に恵まれたら、ぜひまたよろしくお願いします。

改めまして、皆さま、本当にありがとうございました!今日も元気にネムネムモードでお仕事頑張りますです。そういや6日が月曜日だったから、今日もう木曜日なんだよね。あとちょっと踏ん張れば、また土日が来るんだよね、うわー、幸せ!

悪魔を制圧してみた話

連休がぁー過ぎて行くー。なんとなく連休終了のカウントダウンが始まっている気がしなくもないけど、全力でそれを無視している夜です。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。私はそろそろ今日が何曜日なのか感覚がなくなってきました。

さて、今日は神奈川某所で開催された、往年の有名バンドのコンサート(ライブって言わないんだね)に行ってきました。17:30開演だったので、お昼頃に日本大通り駅について、ランチをして大桟橋でも散歩しようか〜と夫とルンルンでみなとみらい線に乗っていました。

電車が馬車道駅に着き、あと一駅だな〜なんて思っていたところへ、家族連れが乗ってきました。連休中なので家族でお出かけだったのでしょうか。
その家族連れは私の前に立っていたのですが、電車が日本大通り駅に着く直前、小学校低学年くらいの子どもが、私の靴を思い切り踏みました。電車は揺れていたし、もちろんわざとではない(と思いたい)のですが、私は結構な勢いで小指を圧迫されたので、思わず

「痛っ!」

と呟いてしまったのです。すると驚いたことに、その場にいたその子の母親と思しき女性が、

「痛いんですアピールしてんじゃねーよw」

と、私に聞こえよがしにおっしゃいました。私はびっくりして、え?え?と混乱しているうちに電車は目的の駅に到着。私は右足の小指に痛みを覚えつつ、降りるしかありませんでした。

えええええええーーー!?!?!

ちなみに今日、私は白い靴を履いており、お子様の踏みつけた形跡がくっきり残ってて。

おいおい、マジか!

もう、テンションダダ下がりで、それからTwitterに思いをぶつけ、怒り心頭に発した私は不機嫌MAXでランチを食べることとなってしまいました。

ちなみに、事件の起きた電車はやや混んでいて夫とは少し離れて座っていたため、夫は何が起きたのかは知りませんでした。

ランチの席で、私は事情を説明しました。すると、夫は少し悲しそうな表情で、

「忘れようよ。そんな人のことは忘れよう」

とだけ言いました。私は気持ちがくすぶってしまい、「どうして一緒に怒ってくれないのか」と愚痴りましたが、夫は一言、

「怒る価値を見出せない」

と切り捨てました。

その後、ランチが美味しかったこと、大桟橋の「くじらのせなか」から見えた景色がきれいだったこと、潮風が心地よかったことなどで、私の怒りは徐々に治っていきました。

しかし、私はどこかで考えていました。ライブが終わってnoteを書く時間が取れたら、

・あの車内で自分がいかに理不尽な目に遭ったか、いかに可哀想な被害者であったか
・精神的に未成熟な人間が子どもを産み育て、その未成熟な子どもがさらに子どもを産み育てているというおぞましさについて
・自分に非があるのに謝れない大人の背中を見て育つ子が育ったところで、クズの体積が増えるだけという現実
・(勉強できる/できないではなく)私はバカが嫌い

以上について滔々と書いてやろうと思っていたのです。そうでもしないと、気が済まなかったというか。

そう、この時私は固執という「悪魔」に取り憑かれていたのです。私は悪くない!悪いのはあいつらだ!だからそれっぽい文章にして、いかにあいつらが悪で、叩かれるべきなのかを書き殴ってやる!!と。

コンサート直前に入った喫茶店でも、夫が少し悲しそうな顔をしていたのが、印象的でした。

そしてコンサートの開演時間となり、演奏が始まりました。往年の名曲がガンガン流れました。そのバンドのメインボーカルは、確かもう古希を過ぎていたと思います。自分の親よりも年上です。でも、年波を感じさせないパワフルさとセクシーさ(?)で、どんどん観客を魅了していきました。

気がつくと、私もノリノリで手拍子をし、体をリズムに乗せ、後半にはコール&レスポンスで声を振り絞っていました。会場は寒かったはずなのに、いい汗をかきました。

アンコールが二回もあって、もうめっちゃ贅沢な時間を過ごしました。ホールから出た私は開口一番、

「楽しかったー!!」

と夜の山下公園に向かって叫びました。山下公園では大道芸のショーが行われており、夜遅くにもかかわらず人がたくさんいて熱気がありました。

それから、私が遠くに見えた観覧車を見て「あれに乗りたい」とワガママを言い出し、でもここからあの大きさに見えるんじゃ、距離的に歩けなくね?とかなんとか言いながら、とりあえず赤レンガ倉庫方面まで歩き、「やっぱ遠いわ!」とケラケラ笑って乗るのをあきらめ、結局、一駅歩いて馬車道駅から帰途に着きました。

さて、私がすっかり忘れていたものは何でしょう。

そう、あの往路で足を踏まれた事件そのものです。美味しいランチを食べ、きれいな景色を見て、トドメにコンサートではっちゃけたら、なんだか今日はいろいろもう、「楽しかった!!」でよくね? と。

noteに書き殴ろうとしていた、ドロドロとした嫌な感情(=悪魔)は、主にはコンサートによって見事に浄化されたのです。

有り体に言えば、「どうでもよくなった」のです。許すとか許さないとかいう話じゃなくて、どうでもいいと、手放せた。これは、なかなかいい経験をしました。

昔々、椎名林檎嬢も歌っていましたね、

憎しみよりも有毒な拘りが苦いのよ

と。

私は横浜の風景や美味しいランチ、そして本当に楽しかったコンサートで、なんとか悪魔を制圧することができました。

何より、私がコンサート終了後に「楽しかったー!!」と叫んだ時、夫がとても嬉しそうな顔をしてくれたことが嬉しかったです。

いかんいかん、危うく彼を悲しませた上にそれを正当化してしまっていたかもしれない……。せっかくの休みを、台無しにするところでした。

ああ、改めて、自分の未熟さと、いろいろなヒトやモノに支えられているなぁということを実感した出来事でした。わたくし、育ちがアレなので油断すると言葉遣いが劣悪になってしまうのですが、それは本当に本当に気をつけなければと肝に銘じた次第です。

関係ないかもしれないけど、この子↓ なんか神がかってません? 私の至らない部分をすべて見透かしてくれていそうな。思わずパシャリよ。

あ、スマホのバッテリーが切れるん。じゃあね、おやすみなさい。こんな私でごめんちょ。皆さま、よい夜を! あれ、明日は何曜日だっけ?

笑っておくれ

こんばんは、笹塚です。せっかく元号が変わったので、なんとなく抱負とか目標を立ててみようと思ったのですが、平成を振り返ってみて「これからはこうなりたいな」というイメージを思い描くことができたので、備忘録として記しておきます。

私は若かりし頃、演劇に情熱を注いでおりました。といっても、大学生のサークル活動から派生した小さな演劇ユニットで、高円寺や池袋などの片隅にある、舞台併設のカフェなどでステージに立っていました。

演劇の内容は、9割がた、コメディでした。「人を笑わせる」というのは実はとても難しくて、セリフの間合いとか(だから「間違い」という言葉があるのかな)、呼吸とか、声色とか、熱気とか、とにかくナマモノな舞台の空気をいかに「笑い」に変えるかの、真剣勝負なのです。

「人を笑わせる」ことと「人に笑われる」ことには天と地ほどの差がありますが、私はありがたいことに(?)中学時代に周囲からさんざんコケにされてズタボロになるまで笑われたので、なんかもう、だったら能動的に明るい笑いを皆さまに提供したい(なんか企業のキャッチコピーみたいだね)と思って、コメディをひたすら演じていました。

ちなみに、欧米などではコメディアンやコメディエンヌは高尚な職業とされているそうです。他人をいじりまわして毒を吐きつけて笑い者にするようなことは決してせず(これ、一部の方々へのアイロニーですから、伝われ)、人々に笑顔を届けるお仕事なのだとか。そんなコメディエンヌになりたいと、本気で考えた時期もありました。

今とはまったく体型が違ったので(ここまでふくふくになったのは精神科の薬の副作用……のせいにしてみる!歳食って代謝が激落ちしたのも事実だけど!)赤いミニスカートに胸元のカットが深いキャミソール、黒の網タイツにハイヒール、仕上げに白衣を着たマッドサイエンティストの役で生まれて初めて「高笑い」をするという舞台があったのですが、本読み(台本を見ながらセリフを言う練習)の段階でそのドSな笑い声だけは完成形に近く、サークル仲間から多角的なベクトルで心配されたのもいい思い出です。黒歴史って、誰にもあると思うけど、笑って思い出せたらそれもう宝物だよね、とか言ってみる令和初日。

そして、いつのまにか「笹塚は演劇でブレイクスルーしたからモノマネがうまいだろう」という今になっても文脈の理解に苦しむ見解がサークル発で学内に広がり(小さな大学だったので、さまざまな噂や評判が生易しくパンデミック状態になる環境も手伝ったと思う)、あまりよく知らない友達?とかに、学食などでこちらがランチのカレーを頬張っている時などに、

「ねぇねぇ、松山千春の歌真似して」

と言われれば、私はオンデマンドでスプーンをマイクに見立てて、

「長〜い〜夜〜♪」

と歌ったり、別の場面では授業前に席について偶然隣の席になった人に

「ねぇねぇ、阿藤快のモノマネして」

と言われれば何のためらいもなく

「なんだかなぁ〜」

とか言って、大いに笑ってもらっていました(もちろん、中学時代のような悪質なものではありませんでした)。

当時のモノマネレパートリーはこちら。
・松山千春
・阿藤快
・鈴木宗男
・谷村新司(アリス)
・田中邦衛

……もっとあった気がするけど、忘れちゃった。

そう、おっさんばかりなのです。だから当然、「すごく似ている」ということはない(と信じたい)のですが、雰囲気とかちょっとしたニュアンス、クセ、そういったものを模倣するのが上手かったようです。これ、なんの自慢にもなんねぇ。

ところが、何度も書いていますが私は大学三年生のときに精神的に変調をきたし、結局精神科にしばらく入院をしました。発病当時、私は大学近くのアパートで一人暮らしをしていましたが、それも立ち行かなくなりました。実家から駆けつけた両親の憔悴しきって疲れ切った顔は、今でも忘れられません。そうして笹塚家から、笑顔が消えた日々が数年間流れることとなるのですが、ある時(退院して実家に引きこもっていた頃)なんとなく観ていた「笑点」の大喜利のコーナーで、ベテラン落語家の皆さんの軽妙な掛け合いというか愛にあふれたディスり合いを見て、自然と涙がこぼれたことがあって。

いやいや、笑うための番組でなんで泣いてるんだろう、とか自分でも思いましたが、彼らは人の心を揺さぶるプロフェッショナルです。この時、私は自分の中にある「何か」をひどく引っ掻き回された気がしたのです。

このことがきっかけで、母と一緒に落語を生で聞きに行く機会が生まれ、しばらくいろいろな場所に連れて行ってもらいました。新宿末廣亭や浅草などの有名なところから神楽坂にあった赤城神社(今はもうキレイに改築されちゃいましたね)といった、ちょっとレアなところとか。

それで、私は痛感しました。人を笑顔にすることは、とても尊いことなんだ。だから、私みたいな未熟者が調子に乗ってしてはいけないことだったんだ……と。

そして時は流れて、平成後半。ものすごく紆余曲折を経てようやく出会った、のちに夫となる彼が、人生のバイブルにしているらしいのが「北の国から」でした。まだ交際しはじめて間もない頃、油断した私は居酒屋で、飲めもしないカクテルを飲んでいた勢いもあり、彼に向かって、

「子どもがまだ、食ってる途中でしょうが!」

というあの超名シーン(もうわかる人だけわかればいいよ)のマネを披露してしまったのです。

やっちまった……!

酔いは一気にさめ、もうだめだどうしよう、と凍りついた刹那、彼は

「すご……、似てる……っ! もっかいお願いします!」

と、手を叩いてめちゃくちゃ笑ってくれたのです。

なんだか、自分に長らくまとわりついていた呪縛が、ふっと解けた瞬間でした。

そうだ、多くの人々を笑顔にできなくても、自分にとって大切な人を笑顔にすることなら、してもいいのかもしれない。きっとそれしかできないし、いや、表現を変えよう、それならできるかもしれない。大切な人のためなら、モノマネのレパートリーを増やすこともやぶさかでない。

というわけで、令和突入にあたっては、

自分と自分の大切な人をたくさん笑顔にする

ことを心がけて暮らしていきたいと思います。もう心を開いていない相手に二度とモノマネは披露しないと決めたので、逆に私が突然おっさんのモノマネをし始めたら、「ああ、仲良くなりたいんだな」と察して優しく笑ってやってください。

長くなっちゃいました。ここまで読んでくれて、心琴、感激!おやすみなさい。

魔法使いと気まぐれな雨

今日、一つの時代が終わるとされている、らしい。それにかこつけて、何かが変わるのに、いいきっかけにでもなるんだろうか。

新しい時代に付けられた名称が世間に発表された瞬間(たぶん午後0時少し前だったと思う)、私はヘッドフォンで「さよならポニーテール」(さよポニ)の「世界と魔法と彼の気まぐれ」を都営新宿線の市ヶ谷駅付近で聞いていた。この曲は8年ほど前によく遊びに行っていた下北沢の「mona records」で偶然ジャケットを見かけて、可愛らしい三人組の女の子たちが描かれているのに一目惚れして買ったアルバム「モミュの木の向こう側」に入っている一曲だ。

私はこの曲に聴き入っていた。周りが突然、ほぼ一斉にスマホを凝視しはじめたので、あぁ、新元号が発表されたんだなぁとは思ったけれど、それよりも曲がとてもいいところにさしかかっていたので、私の意識はそちらに集中していた。もう、何十回と聴いていた曲だけれど。

一度聴いて、「さよポニ」の世界観に夢中になった。「さよポニ」はメンバーが一部変わったり増えたり、「さよポニ」の世界を描く「神さま」が変わったこと自体を曲の内容に活かしてみたり、少し認知度が上がったと思ったら急にアニソンを出してみたり、かと思えば曽我部恵一とコラボしてみたり、ピコピコしたテクノ全開の曲からアコースティックな雰囲気の曲もあったりして、なんというか、「次はどんな世界を繰り出してくるんだろう」というワクワク感がクセになるアーティストだ。今ではカラオケにも数曲入っているので、知っている人が増えてきたのかもしれない。「モミュの木の向こう側」から知っている私としては、嬉しいけれど少し複雑な気分だ(よくある、古参ファンのジレンマというやつだろうか)。

メンバーにはそれぞれにイメージカラーがあって、赤、青、黄、緑、紫の子たちがとても楽しそうに歌っている。私の推しは赤の「みぃな」だ。初期からのメンバーで、たぶんメインボーカルなんだと思う。特別、声量があるわけではないけれど、みぃなの儚げな声が歌い上げる「世界と魔法と彼の気まぐれ」は、今も私の心を鷲掴みにしている。

というのも、歌詞の内容がまるで、彼と私を歌っているかのようなのだ。もちろん、彼は魔法使いではない。どちらかというと、いや、かなり不器用なほうだ。それでも、記念日でもなんでもない日の夕食時、食卓のきんぴらごぼうをつつきながら真顔で、

「僕はね、なんの才能もないんだ。文章を書くことも計算をすることも、絵を描くことも今では苦手になってしまったし、歌はもともと音痴だし」

などと言ったので、私が「うん?」と首をかしげたら、

「でも、心琴を幸せにする才能だけは、誰にも負けないと思ってる」

などと、唐突に強烈な大鉈を振るってくるというトリッキーな才能(しかも無自覚)を持っている、と私は認識している。じゅうぶん、魔法使いと渡りあえる気がする。というか、すでに術中にはまっている私が言うのだから間違いない、彼は魔法使いだ。

新しい時代が、来るんだってね。よく、わかんないね。時代は来るものじゃなくて、作られていくものだと思うんだけどね。
30年と少しか、お互いよく生き抜いたね。さんざん苦しんで、ひどく傷だらけになって、ちゃんとわんわん泣いて、いっぱいケラケラ笑って。

なんだかとてもドラマチックなこともいくつかあった気がするけれど、それは遥か未来の茶飲み話にとっておくとして、今、一緒にこうしてテーブルを挟んで向かい合って、やっぱり「さよポニ」を聴きながら、降り止まない雨の音に耳を傾けている、こんな夜が、とても好きだ。

きっとやたらと賑やかだろうから、今夜はテレビはつけないでおこう。そういえば「さよポニ」には「この夜のすべて」という曲もあったね。間奏部分のウィスパーボイスのラップには、何度聴いてもときめいちゃうな。

新しい時代になったとして、何が変わるのか、それとも変わらないのか、あるいは変えられるのか、変えられないのか。そんなことはたぶん誰にもわからない。まぁ、当たり前だよね。

新元号発表の号外新聞が都内某所で配られたとき、我先にと人々が群がってそれを奪い合っているニュース映像を見て、ああ、元号が変われば何かが劇的に変わるかも……なんて、そんな期待はしないほうが良さそうだなとは、思った。ただ、私たちは、これまでのように生き続けて、たくさんたくさん、笑おう。だってさ、あともう30年生きられたら、私たち余裕で還暦過ぎるんだよ。その頃にはなんかもう、いろいろなことを許せているだろうし、きっともっと余裕のあるカックイーじいちゃん&ばあちゃんになれてると思うんだ。あくまで希望的観測だけどね。せっかく時代の節目とやらに遭遇したんだから、それくらい夢想したっていいよね。

でも、カウントダウンには興味がないから、今夜は暖かくして、手を繋いでそろそろ眠ろうか。

そうだな、もしもこの機会にひとつ変えることがあるとしたら、人々のどこかうわっついた気分を牽制するように静かに降りつける雨のことを、もう「悪い天気」だなんて言わないよ。