第十二話 セバスチャン

どこをどう歩いたのか走ったのか、よくわからなかった。ただ、この笹塚駅付近にいるはずの彼の姿をひたすら探した。傘なんて持っていなかったから、せっかくのカーディガンもストールもびしょ濡れになった。 「Bonne baye」=…

第八話 いちごミルク

彼のクセ、なのだろうか。右利きなのに左脚を上にしてよく脚を組んでいる。私がそのことを問うと、 「本当は、左利きなんだ」 と、わざとらしく左手で何かをスペリングする動作をとった。 「親に、右利きに矯正されてね」 「そうなん…

第六話 いとも、簡単に

中野ブロードウェイ。サブカルチャーの一大拠点のような場所だと噂では聞いていたが、実際に行ったことはこれまでなかった。特に興味がなかったというのが大きな理由だ。 新宿から中央線快速でひとつめ。たったひと区間で、街はこんなに…

第七話 勘違い、してますよ

私たちのデートには協議というものがあまり存在しない。「なに食べる?」だとか「どこに行きたい?」だとか、そういう自然な文脈のカップルらしい会話は、皆無と言っていいだろう。 今日だってそうだ。中野に呼び出されたと思えば連れて…

第九話 手を繋ぐ

帰り道、二人とも一言も発さなかった。冥土カフェにて彼の「命日」の宣告を受けた私はすっかりしょげてしまったのだ。 来月の25日、彼は「その時」を迎えるという。物憂げなカフェのマスターはそう断言した。 「でも、これって、ただ…

第十一話 糸(予感)

気疲れして、笹塚駅のドトールのカウンターに身を沈めてしばらくぼーっとしていたら、目の前に置いたスマホが鳴った。彼からのラインだ。 「どこにいるの?」。 ん? 南口のドトールって送ったはずだけれど。 続けてラインは送られて…

第十五話 お掃除

「風邪ですね。気温のアップダウンが激しいので、気をつけてください。漢方だけ出しておきます」 医師にそう言われて、クリニックでは、葛根湯だけ処方された。平日に仕事を休むほんのりとした罪悪感もあってか、私の胸中は終始ざわつい…

最終話 花飾り

彼はまるで宣言するように言った。 「本当は僕には、人を愛する資格なんてないのかもしれない」 「どうしてそう思うの?」 私がストレートにそう問うと、彼は一瞬だけ口ごもってから、 「……笑わない?」 私は真剣に頷いた。 「笑…

第十三話 脅迫

私は唖然として彼を見た。彼は大切そうに小さな花束を抱えている。 (これは、夢か?) 私は自分の頬を軽く叩いた。どうやら夢ではなさそうだ。 「それ、なに?」 「花束」 そういうことを訊いているのではない。だが彼は飄々とした…

第五話 あれは、ずるい

上映終了後、まだ桜が見ごろということで新宿御苑まで歩いた。なぜかしら彼は早足だった。 映画が終わってから二人とも、何も言わなかった。散り際になった桜並木に囲まれて、少しだけ息を弾ませて歩いていた。 顔が紅潮していたのは、…