初期化

パソコンにできて人間にできないことの一つに、初期化がある。人間は初期化することができない。
果たして本当にそうか、試した者がいた。ラスティング博士である。博士は、野原を散歩していた少女をディナーに誘い、ビーフシチューを振舞った。その席で、「どんなことを悩んでも苦しくなくなる方法がある」と切り出した。
少女が頬を赤らめて関心を寄せると、身を乗り出して、少女の瞳を覗き込み、「痛くない筈だから」そう言って最近発明したという『人間初期化装置』を取り出した。それはティッシュ箱ほどの大きさの装置で、管が2本付いていた。
博士は少女の頭部に装置を力のままにぶつけた。あっけなく倒れた少女の体がテーブルへ、そして管はビーフシチューを吸い上げ始める。博士は鼓動を高まらせながら、殴打された少女の初期化が始まるのを待った。
しかし、待てど暮らせど初期化らしい初期化は始まらない。それどころか、ビーフシチューを吸い上げた装置は出血しただけの量を少女に注入したものだから、少女は屈辱と怒りのあまり目を覚まし、「この意気地なし!」と博士を罵倒した。私の白い足がそんなに気に食わないのか、と。こんな発明で私を女にするつもりだったのかと。
博士は驚きと戸惑いのあまり、ビーフシチューを一滴、白衣に染み付けた。初期化がしたいだけなのに!
残念ながら博士の白衣についた染みは取れない。染み一つ初期化できずして、どうして少女を初期化できようか。

これがアダムとイブの前夜の物語です。