見上げれば半月が
もう半分の可能性を殺しながら
ぽっかりとろりと孤独を浮かべて
見下ろせば人々が
内臓と骨と血と神経を運ぶため
あうあうと喘ぎながら歩いている
位置情報をオフにして
Wi-Fiから逃れて
野鳥の飛影に目を奪われて
いっそこのまま
私が私だったころ
懐かしさは憧憬と等しく
本に挟まれた栞は
間違いのない記憶装置だった
初めてナイフを手にした日
私が初めて死んだ夜
半月が冷たく睨んでおり
私しか傷つけないナイフで
勝手に私は傷ついて
現在地から最寄りの駅まで
鼻歌混じりにスキップをして
腐った柘榴を踏んづけて
楽しくて楽しくて
いっそこのまま
街は箱
青いポストに投函された
圧倒的多数の私信たちが
各々の目的地に届くころには
私はきっと頑張って頑張って
笑顔の練習をしているだろう
本は世界
文字は呪文
栞は孤独の現在位置を示す
唯一無二の嘘だったね
(帰るべき場所を教えてください)
私がしたためる手紙には
宛先がない
閉じられた本という本から
文字が逃げ出したから
栞はもう自由なのだ
人生という一冊の本に
孤独を挟んではならない
ページのどこを開いても
寂しくなってしまうから
私には
現在位置がない
見上げれば半月
見下ろせば人々
失くしたい記憶ばかりが
がちゃがちゃと暴れる夜に
私はナイフを鞄に仕舞ったまま
最寄りの駅で回転をはじめる
ほらきっと
寂しい人だけが振り向いて
私に手紙を書くでしょう
あなたがあなただったころ
同情と憐憫は等しかったのよ、と