日の昇る方にあなたがいる

どこにでもいる兄弟だと思っていた。年の離れた兄は少し引っ込み思案だが、とても優しく穏やかな、ごく普通の青年だと思っていた。

春の足音が聞こえてきたとある日のこと、一通の手紙が届いた。僕が不自然に感じたのは、龍を象った切手に消印がなかったことだ。手紙を受け取った兄は、静かに頷いて僕の頭をくしゃりと撫ぜた。

いつも通りの食卓。酢の物に肉じゃが、とうふの味噌汁。それらを平らげた兄はごちそうさま、と手を合わせると「父さん、母さん」と改まった様子で言った。

「手紙が届いた」

その言葉に、父さんは「そうか」母さんは「そう」と答えただけだった。僕はてっきり資格試験の結果か何かだと思っていた。兄は僕に向かって言った。

竜也たつや、ごめんな」
「なにが?」
「兄さん、行かなきゃならない」
「え、どこに?」
「……遠く」

兄は自室に戻ると、手紙を僕に見せてきた。そこには僕もよく知っている著名人Aの訃報と、『A氏の死去に伴う東方位の座について』と題された文面が載っていた。

鴨川涼介かもがわりょうすけ 殿
すでにご存じの通り、過日、A氏が不帰の客となりました。つきましては、貴殿に青龍への着座を令します。なお、人間であったころの記憶はすべからく捨て去ること。

「なに、これ。いたずらの手紙?」
「いや、違うんだ」

兄は僕の目をまっすぐに見て言った。

「驚かないで聞いてほしい。この世界には、守護をしている存在がある。この間亡くなったAのことは知っているね。Aは、東を守る青龍せいりょうだった」
「何言ってんの」
「この世界は儚い均衡で成り立っている。A亡き今、誰かがその座を継がなければならない」
「どういうこと」
「兄さんはお前のことも、家族のこともすべて忘れてしまう。それと引き換えに東を守る神になる」

兄は混乱する僕の肩にそっと手を置いた。

「竜也が兄さんを愛してくれたことも忘れなきゃならないけど、それは悲しいことじゃない。竜也は誇っていいんだ、兄さんと過ごした日々のすべてを」
「嫌だ、そんなの嫌だよ」
「竜也。竜也は強い子だ。竜也の生きる世界を護るためにも、兄さんは、行くよ」
「そんな――」
「東のほうを見てほしい。毎朝、太陽が昇る方角だからすぐにわかるだろう。そこに兄さんは居る」

兄さんは、柔らかく笑った。

それから僕は、早起きが習慣になった。東の方角に向かって「おはよう」と「ありがとう」と「愛してる」を言うために。