ぽんっ!

八岐大蛇ヤマタノオロチは、ほとほと困り果てていた。あれほど恋焦がれてようやく手中に収め、新月の夜に食らおうとしていたはずの櫛名田比売クシナダヒメが、なんと蛞蝓なめくじに、ある朝姿を変えていたのだ。

それが先に喰らった櫛名田比売の七人の姉たちによる呪いであることに、八岐大蛇は気づいていない。姉たち曰く、

「っていうか、櫛名田比売だけ生き残って素戔嗚尊スサノオノミコトと結婚とか、ずるすぎるし。ありえなくない?」。

蛇は蛞蝓を喰うことができない。蛞蝓の粘液の毒が、蛇の肉体を溶かしてしまうと信じられているからだ。蛞蝓に姿を変えられた櫛名田比売は、地面にへばりついて素戔嗚尊の到着を待ったが、待てど暮らせど素戔嗚尊はやって来ない。彼がひどく遅刻しているのには、理由があった。

素戔嗚尊もまた、七人の姉たちの呪いの餌食となり、櫛名田比売の両親に八岐大蛇の討伐と櫛名田比売との結婚の話を提案した翌朝、蛙に姿を変えられてしまったのだ。

櫛名田比売は己の変貌に泣きたかったが、蛞蝓には涙腺がない。分泌腺からぬめぬめした液体を出しては、八岐大蛇をひどく怯えさせた。

ようやく現れた素戔嗚尊こと一匹の雨蛙を見て、すっかり腹を空かせた八岐大蛇は垂涎した。

「俺はもう空腹で倒れそうだ。お前を喰らえば、少しは腹も満たされるだろう」

しかし、素戔嗚尊はこう言ってのけた。

「私にそんなことをしたら、そこの蛞蝓が怒ってお前の体にへばりつくぞ。いいのか?」
「ひいっ!」

八岐大蛇はその巨体に見合わず怯えきった声を上げた。櫛名田比売こと蛞蝓が、粘液を分泌しながら素戔嗚尊に擦り寄っていく。しかし、素戔嗚尊はそれを制した。

「櫛名田比売。申し訳ないのですが、今の貴女は私の結婚相手というより、豪華な懐石料理にしか見えないのです。しかし、私が貴女を食べてしまったら、私が八岐大蛇に食べられてしまう。さて、どうしたものか……」

向き合う、いや竦みあう三者。これが、いわゆる「三すくみ」の始まりである。

この話が結局どうなったのかというと、八岐大蛇はパーに、素戔嗚尊はグーに、櫛名田比売はチョキに姿を変えて、現代の私たちの生活の中でなお、三すくみを続けている。

「蛇ん剣、ぽんっ!」