「解き明かせない、それは即ち敗北を意味する」
真顔でそう呟く真水に、羊子はひきつった表情をあらわにした。
「何それ。何のアニメのセリフ?」
「え?」
虚をつかれたような表情の真水に、羊子は畳みかけるように続ける。
「あ、わかった。昨日の2時間サスペンスの!」
「いや、全然違う」
真水は資料を整えながら、ため息とともに答えた。
「独り言だよ」
羊子は「なぁんだ」と呟き返した。
「カンファレンスの資料相手に、寸劇でも始めたのかと思ったわよ」
そう笑って、椅子に座った脚を組み直した。
「まぁ、喫茶店でカンファレンスってのも、どうかと思うけどね」
「誰も聞いちゃいないわよ」
「まぁ、そうだろうけど」
真水は周囲を見渡す。確かに、店内にはノートパソコンと格闘しているサラリーマンが一人と、カップルと思しき男女がいるだけだ。それに、このカンファレンスは病院の中ではしづらい。
麻衣子のことだからだ。
麻衣子の指先のレントゲン写真や、最近の経過などが書かれている資料を、無防備にも真水と羊子は都内某所の喫茶店で広げているのである。
「病棟内で話すよりマシじゃない。看護師たちの好奇の目にも晒されないし」
「まぁ、そうだろうけど」
「それに、」
羊子は鞄から写真を取り出した。
「これは本人にも見せられないわ」
写っていたのは、半分に切断された蝶である。
羊子から話には聞いていたが、なるほど切断面が直線で、非常に『美しい』。
「ひどいことをするもんだな」
「ついでに、人が死んでるわ」
「は?」
「個人情報漏洩の延長線。どうせなら共有しておこうと思って」
「『ついでに』だの『どうせ』だの、どうして君はそう高圧的かな」
「性分。ほっといて」
「青野さんはさぞ苦労してるだろうね」
「ほっとけっつーの」
真水は蝶の写真をまじまじと見た。
「これと、どう関係が?」
「遺体に添えてあったそうよ。しかもね、」
羊子は真水を試すような表情で、こんなことを言った。
「被害者は、加害者かもしれない」
「え?」
「死因は、首を絞めた、もしくは絞められたことによる窒息死。黒蝶は、ご丁寧に被害者の切断された指先に添えられていた。これが何を意味するかわかる?」
「いや、僕には何も」
「『樋野麻衣子と関係ないわけがない』、とは思わない?」
「それは――」
言葉に詰まる真水。
「被害者と麻衣子ちゃんとの関係。調べるの、もちろん協力してもらえるわね」
「それは、まぁいいっちゃいいんだけど……」
「何よ。歯切れ悪いわね」
「一応、本業が忙しいんで」
「あっそ。でも、嫌とは言わせないわよ。当然、ボランタリーで」
羊子の勢いに、真水は首を縦に振るしかなかった。彼がやっと一口した時には、注文したブレンドコーヒーはすっかり冷めきっていた。