真水はクリスマスイブも関係なく、患者たちのカルテと格闘していた。羊子の用事に付き合っていたら、本業の時間が足りなくなってしまったのだ。これでいて、ボランタリーで捜査に協力しろという。
まぁ、羊子には学生時代に期末試験問題のノートを横流ししてもらった恩もあるので、無下には断れない。
「はー……」
真水がため息をついて、凝った肩に手を置いていると、ベテランの看護師がやってきて、
「白田先生。お疲れですね」
プラスチックのトレイに乗った小さなケーキを持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
「あら、お礼なんて。今日のクリスマス会の余りですけどね」
真水はさっそくケーキの頂上に乗ったイチゴを頬張った。
「あ、結構甘い」
「当たりを引きました?」
看護師はそう笑い、部屋を後にした。真水は頬を両手で軽く叩いて、「よし」ともうひと踏ん張りだと気合を入れ直した。
……のはいいが、ちょうど目にしていたのが工藤征二のカルテだったので、真水は首をひねった。
もうすぐ障害認定の更新なのだが、毎回困らされるのが他でもない、彼の『病名』だった。嘘はつけない。だが、図れる便宜は精一杯図るつもりでいる。
珍しく、と言っても過言ではないのだが、めったに取らない連絡を、征二の家族に取る必要があった。いや、取らないのではない。取れないのだ。征二の母親はとうに彼を見放しているし、兄は多忙を理由にここ数カ月、見舞いの足が疎かになっている。
兄の携帯番号が、一応の緊急連絡先だ。真水は、無駄になるとわかっていてその番号にコールする。
呼び出し電子音が10回鳴ったところで、留守番電話応答に変わってしまった。わかってはいても、やはりどこか切ない。
一介の患者の事情に切なくなっていたら身が持たない、と羊子には言われるのだが、それでも真水は、良くも悪くも感傷的なのである。
せめて形だけでも、跡を残す必要があった。だから、
「第一総合病院精神科A病棟の医師の白田と申します。征二さんの件でお電話しました。また、連絡しますが、できたら折り返しご連絡ください。よろしくお願いします」
真水は力なく受話器を置いた。
できたら、折り返しご連絡ください、か。
「……はぁ」