面影橋に但馬と征二が足を運んだ頃には、すっかり日も暮れて、街灯の明かりが二人分の影を地面に映し出していた。
征二は何をするでもなく、橋に手をかけて神田川をじっと見つめている。こんな淀んだ川に、何があるというのだろう。もっとも、彼の包含する内的世界は、誰にも理解できるものではないのだが、それでも問いかけずにいられなかった。
「何か、見える?」
「はい。絶対値が」
「そう」
やはり、わからない。だが、何かは伝わる気がした。
しばらくそのまま黙っていたのだが、但馬は時計を気にして声をかけた。
「ごめん工藤君。そろそろ戻らないと門限に間に合わない。行こうか?」
「はい。ちゃんと俺は見届けましたから」
「え?」
征二は川を指さした。
「ニュース、あったでしょう。ここで亡くなった人がいるって」
「ああ、少し前にね。あったわね」
「確かに存在した。正だろうが負だろうが、そこに在ったんだ」
だから、『絶対値』。
「俺には使命があります」
征二は真顔だ。
「ジャカランダからユイを取り戻さなければならない」
「えーと」
言葉に窮する但馬。結局、
「次の電車に乗りたいから、少し速く歩いてね」
と、お茶を濁すばかりなのだが、この時の但馬には、まさか彼の言っていることがあながち外れていないことを、知る由もなかった。