黒峯羊子は、間違いなく「生きていく」ことを選んだ人間だろう。惰性で自分を偽ることができないのだ。
デスクで、半分に切断された黒蝶の標本と睨めっこをしていると、圭介がインスタントコーヒーを持ってやってきた。
「また見てるの? 好きだねぇ」
「好きも何も、ここまで芸術的なのは罪だわ」
「あ、そ。でも仕事してよ」
「あんたよりは、よっぽどはかどってるわ」
「はいはい、黒峯センセ。資料とコーヒー」
羊子の目の前に、アメリカンと呼ぶにも薄いコーヒーと、大量の捜査資料が置かれる。
「いい性格してるわね、あんた」
「センセほどじゃないよ」
羊子はぶつくさ言いながら、資料を手に取った。見れば、日比野ひかりの事件も解決していないのに、またしても類似した、いや酷似した事件が起きたという。羊子の目を惹いたのは、遺体の口元に添えられていた、半分の「黒蝶」だ。
「またなの!」
羊子は半ばヒステリックに呟いた。圭介は肩をすくめて、
「君ならそう言うと思ったよ。俺だって思ったもん。件の黒蝶の子だけどさ」
「麻衣子ちゃんのこと?」
「君に言わせれば、この事件は『悪質極まりない』んだろうね」
「まーね」
羊子の言わんとするところは、人が死んでいるということよりも、美しい『麻衣子の一部』である黒蝶が切断されているということである。
「久々に、会いに行こうかしら」
「第一総合病院まで?」
「あんな辛気くさい場所より、どっか外で会うわ。せっかく女子二人きりなんだもの」
圭介は、「医者のセリフとは思ないな」と苦笑した。