『運命』なんて言葉は便利すぎて吐き気がする。羊子は心からそう思っている。
誰が何を企もうと、誰が何処で笑おうと、それを『運命』だからしょうがないのだと片付けようとする安易さに立ち向かって生きてきた。だから、
「私ね、とんだ不良学生だったのよ」
「医学生が?」
「犯罪者、だったかも」
「えーっ! 万引きとか?」
「だったら、まだ良かったかもね」
羊子の表情は硬い。
「過去は、どこまで追いかけてくるのかしら」
「うーん。羊子さん、詩人だ」
「ありがと」
麻衣子は羊子の様子の異変に、目をぱちくりさせて、
「何かあったの?」
何も無かった、そんな訳がない。
聞く人によっては、本当につまらない、ただの思い出話だろう。だが、羊子にとっては一生に影を落とす出来事だったのだ。
それは、若気の至りと呼ぶにはあまりにも残酷で、出来心と呼ぶにはあまりにも痛烈だった。