……その『組織』に関しては、ネット社会になった今、様々な場所で噂がされているが、いわゆる一般人は誰もその全貌を知らない。
食品会社だったり、製薬会社だったり、製紙会社だったり、学校法人だったり、それこそ日常にいくらでも存在している社会の中に紛れているとも言われている。
組織の目的は、それこそ国家機密に比するほどのもので、知った者は暗黙の了解で暗殺者にデリート=殺害されるとまで言われている。
しかし、あくまで噂だ。そもそもそんな『組織』が存在するのかも定かではない。
だから、高校で教鞭を執る工藤俊一も、そんな『噂』には懐疑的「だった」。
―――「なんでも願いが叶う組織、か。まるで新興宗教じゃないか」。
幼馴染を失い、心病んだ実弟を持つ彼にとっては、もしかしたらこの現し世のすべてがまやかしの様なのかも知れなかった。誰もその空白を埋めることは、できない。
人は孤独を抱えて生きていく。孤独を忘れた魂は呆ける一方で、その本質から外れる。孤独の中にしか、価値ある生命は存在しない。
だから、身を裂く思いで日々を必死に生きる人間には、漫然と生きる満たされた人間が理解できない。否、理解など、したくもない。言わずもがな、『価値』を失うからだ。
「生きている、それも欲を発散しながら。それ以上に満たされ凡人が何を望むっての」
かつてそう言ったのは、どこの皮肉屋だっただろう。孤独を放棄した人間は、魂に欠陥を持っている。孤独からの逸脱は、「生きる」という行為に対する、侮辱なのだろう。
「工藤先生、お疲れですか?」
後輩教師の城崎 諭に声をかけられ、俊一はハッとした。
「パソコンの前でフリーズしてましたよ」
「あ、あぁ。すみません。最近疲れが溜まっているもんで」
「まだ新学期始まったばかりのなのに、大変ですね」
「まあ、そうですね」
何気ない会話。それが、自分の弟とはできない。弟は夢を見ているんだろう。夢の世界に生きているんだろう。
―――目を、覚ませ。
何度そう言ったかわからない。だが、それは本当に弟の幸せを担保するのだろうか? こんな現実を見つめることに、どんな意味があるというのだろう。
「工藤先生?」
城崎が怪訝そうな顔で、こちらを覗き込んでいる。
「眉間にしわが寄ってますよ」
「……すみません」
「いや、謝ってもらわなくてもいいんですけど、本当に大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
言葉に全く説得力がない。
「……いや、やっぱり今日はこの辺で引き上げます」
「その方がいいですよ。明日から連休だし、ゆっくりしてくださいね」
連休?
ああ、成人の日があったのか。
「ええ、そうです。成人の日です」
「え?」
「え、何ですか?」
「……いえ」
……疲れているんだな、自分。