偶然というのは運命の対語ではない。偶然の反対に在るのは必然だ。
どんな出会いも必然だとしたら、運命とは必然が織り成すものなのだろう。羊子が、運命に対して嫌気がさすのもよくわかる。そんなものを言い訳に、人はあまりにも欲を満たし過ぎてきた。
「ねぇ、今日は誰なの?」
純粋無垢なその質問の意味するところは、
「ターゲットが、か?」
影の問いかけで全て闇に彩られる。
「やだなー、まるで俺、犯罪者じゃないか」
「日本は法治国家だ。今のところお前は法には触れていない」
「いい言い訳だね、法律!」
「そうかもしれないな」
研究、発展。それらを言い訳に、葬られていい命など、存在するのだろうか?
「ターゲットとも言うけど、もっといい表現があるじゃない」
「……モルモット、か」
「かわいいねぇ、小動物、俺好きだよ」
ニコリともせずに浩之が言う。浩之は基本的に笑わない。いや、笑えない。まだその術を『得ていない』のだ。
「そろそろ、笑顔が欲しいな」
「『笑う』のか? お前が」
「ん、変かな?」
「いや……いいかもしれないな。そろそろ」
笑顔。人に備わった、威嚇からの進化。浩之は、奪うことでしか、満たせない。
「この子でいいじゃん」
指差した先には、携帯電話の画面に映る、羊子と会話をしている、樋野麻衣子。
「さっきからいい笑顔してるんだよ、この子」
「よく見てるな」
「この機能。便利でしょ?」
携帯電話にダウンロードされている、盗撮アプリ。『組織』から一般社会より先行して配信されたものだ。
技術の進歩は必ずしも、いや、決して正義を意味しない。
「別に誰でもいいだろう。どうせ奪うんだから」
「まあ、ねぇ」
影はため息をついた。
「お前のペースに合わせる、俺の身にもなれ」
「え、おもんぱかるの? 無理無理」
「お前のためにも言っている。時間が、ないんだぞ」
それを聞いた浩之は、口角を上げて笑う真似をした。
「ちっとも面白くないね。時限仕掛けなのは、人間も一緒でしょ」
「組織が、お前をこのまま許すとは思えない」
「関係ないね」
影―――工藤俊一は、浩之の発言にうんざりして窓の外を見た。道には、幸せそうに寄り添い歩く人影が蠢いている。まるで動物園のようだ。
彼は『なんでも願いをかなえる』組織などと言う『噂』には至って懐疑的だ。彼自身、『組織』の全ては知らない。だが、彼は託された―――小湊浩之という、実験体を。
単なるマッチングなのだ。弟を救いたいという彼の想いと、実験をしたいという機関の思惑が一致した。そして機関の末端が、彼の勤める学園に繋がっていた。ただ、それだけだ。
浩之には時間がない。残された時間で、『満たされなければならない』。そして満たされることが、幸福であると証明しなければならない。
「自分の使命を忘れるな」
「うん。忘れてないけど、面白くないよね」
「そういう次元の問題じゃないからな」
浩之は笑う真似を辞めて、首をちょこっと傾げた。