夜には、すっかり雨も上がり、濡れた舗道が乾きかけている。
「おいしかったね! あのベシャメルソース最高」
「よかったわ、喜んでもらえて」
麻衣子は上機嫌で羊子と夜道を歩いていた。六本木のフレンチでディナーを堪能した麻衣子は、ブランド物の紙袋を手に提げて、アスファルトの舗道を新品のエナメル靴を鳴らしながら、羊子と手を繋いで弾んでいる。
「寒いわね。さっさと地下道に潜りましょうか?」
「ううん、もうちょっと見たいな。イルミネーション」
「それもそうね」
羊子は微笑んで、麻衣子の手を握り返した。
「青い光が綺麗だね。白と銀と、青」
「まるで宝石箱ね」
「うん!」
彩られた道を歩く。
「あ、コレ見て。トナカイがソリに乗って、サンタが牽いてる。形勢逆転! 面白ーい」
「本当ね」
しばらく続いた、その光の花束が一段落し、静かなビル群に入った頃、不意に羊子は言った。
「……そっか」
「え?」
「麻衣子ちゃん、ごめん」
「なんで謝るのさ」
「上手く捲けなかった」
「捲く?」
麻衣子が見上げると、羊子の表情は先ほどまでと打って変わって硬かった。
「え、え、何、何?」
戸惑う麻衣子を、なるべく脅えさせないように、
「大丈夫よ。ディナーに誘った責任はちゃんと取るから」
そう言って、そっと麻衣子の肩に手を置いて、
「……つけられてる」
「えっ」
「大丈夫だから」
「…………」
羊子はキッと後ろを振り返った。その鋭い視線の先には、雑踏に紛れてこちらを凝視する、浩之がいた。
第五群 水 面 へつづく