第五群 水 面

「忘却の次には何が来る?」

翌朝。征二はOT(作業療法士)に指導されながら(ただし、征二自身に「指導されている」という認識はない)、皮細工を作っていた。

「さぁ。何でしょうね」

OTの鮫島ひろみは、また征二のいつもの妄言だと、適当に受け流した。

「忘却の次には、贖罪が来ますよ」
「しょくざい?」
「そう。忘れたことを贖えるんです」
「ははぁ。また難しい言葉を遣うね」
「他に相応しい言葉はありません」
「あ、そう。ところで工藤さん、今回は何色にしますか?」

征二は、一輪差しのカバーを指さした。

「赤と、黒」

鮫島は首を傾げてしまう。

「工藤さん、白と青が好きじゃなかったっけ? まるで反対色ですね。まあ、別にいいけど」
「赤は天使の目。黒はその翼」
「それじゃまるで、悪魔じゃないの」

鮫島は笑うが、征二は真剣そのものだ。

「違う。祝福されたんだ、俺たちは」
「俺『たち』?」

征二の瞳は疾うに現実を映していない。非現実の世界、彼にだけ理解しうる世界の中で、彼は彼だけの真実を糧に生きている。

閉じた世界の中で、それはそれは、美しい光景と戯れている。

忘却の次は贖罪。それは、彼を忘れた彼女への責めなのだろうか?