「あの、ありがと……」
「君には、告げておかなければならないね」
「え?」
征二の一貫性の無い、解体した会話はいつものことだが、今日は真剣な彼の表情が一層引き締まっているので、麻衣子は息を飲んだ。
「季節は、じきに春になる」
「はぁ。そうですね」
「俺が、冬を殺す。君は、春になれ」
「はぁ。ええ、わかり、ました。あのー、もういいですか?」
さっさと自室に戻りたい。そう上の空の麻衣子には構わず、征二は尚も、
「時間が無い」
「え?」
「俺たちには、同じ季節は決して巡らないんだ。いいね」
「わかった、わかりました。はい、ええ」
麻衣子は、征二には申し訳ないと思いつつも、半ば逃げるように自分の部屋に戻った。
途中で鼻をくじかれた看護師が、鼻息を荒くして麻衣子の部屋を訪れたのは、それから間もなくだ。専門職というのは、概して対象を見下し、気を済ませないといられないらしい。
「樋野さん。あなた、ちょっと調子に乗っているわね」
調子に乗っているのはどっちだか、と麻衣子は胸中で毒づく。
「ちょっと不思議な病気だからって、自分のことを可哀想だと思ってない? そんな人はね、ここから一生出られないのよ」
結構な暴言なのだが、麻衣子は心を閉ざして傷つくのを避けていた。どうでもいい人間の暴言など、どうでもいい。
「自分を可哀想だと思って、可愛がってもらって。あなたはね、もう少し病棟内の規則に従うべきなのよ。音楽療法にも、作業療法にもロクに参加しないで、だらだらと毎日……――」
「うるさい」
「何ですって?」
「聞こえなかった? うるさい」
看護師が顔を真っ赤にした、まさにその時だ。
「逝けぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
奇妙な叫び声を聴いて、看護師も麻衣子も一瞬、挙動を止めた。
「今の声は……」
麻衣子は首を横に振った。彼が、発作でも起こしたのだろう。そう、
「工藤さん?」
征二だ。
大事なものを返してくれない、意地悪な奴だ。
「樋野さん、今日のことは白田先生に報告します。いいですね」
「ご自由に」
看護師は足早に去っていった。人手が足りないのだ。
あまり一般には知られていないことだが、精神科には『精神科特例』というものがあり、医療スタッフの人員配置が一般科より少なくてもよいとされている。そのため、医師はもちろん看護師や看護助手の疲弊は激しい。
「御苦労様だこと」
麻衣子は、少しの嫌味と拗ねた気持ちを吐き出した。
自分には、関係無い。誰が暴れようが誰が自殺を企てようが、関係無い。
関係が無いということは、繋がりがない。繋がりがないということは、ストレートに孤独を意味する。
何処で誰が死のうと、生きようと、関係無い。私にはもう、何もかもが関係ない。
寂しいかと問われれば、間違いなく寂しいと答えるだろう。しかし、私にはそれを問いかける人がいない。