工藤征二は保護室に入れられた。保護室という名の独房に。突如としてデイルームで暴れ出したのだ、無理もない……と言いたいところだが、独房への監禁のどこが人権侵害ではないと、純粋な医療行為だと、主張できようか。
彼は囚われたのだ、健常者の認識し、支配する世界から排除されつつあるのだ。
「一時的な必要措置」
だと、苦々しく真水は言った。彼自身にも、良心の呵責が無い訳がない。しかし、他の患者の動揺や与える影響を考えれば、
「……しょうがない」
のだと、必死に自分に言い聞かせている。真水は、ますますこの世界に対する諦観の念を濃くした。
そういう時に限って、征二に面会者があるという。
「どうしますか?」
指示を仰ぐ看護師に、真水は疲れ切った表情で、
「断わってくれ。会わせられない」
自分でも吐き気のするような言葉を口にした。
「しょうがないんだ」
しょうがない。しょうがないのなら、何もかもが許されるのか?
問いかけは無情にも、彼の医師としてのレーゾンデートルを責め立てる。だから、彼は目を逸らし続ける。
「逃げちゃ、ダメだ」
そんな台詞のアニメが、昔あったっけな。
「工藤さんのご家族だそうですが……」
「え?」
真水は虚をつかれた表情になった。
「先ほどいらした面会の方です」
「そう……」
「どうしますか?」
「………本人にはまだ、会わせられないです。僕が応対しましょう」
デイルームの一角に、明らかに周囲とは異なる雰囲気を漂わせる男性が一人、足を組んで座っていた。工藤征二の兄、工藤俊一その人である。
「こんにちは」
俊一は、頭を軽く下げた。
「弟がお世話になってます」
「こんにちは、工藤さん―――」
どうしてまた、こんなタイミングに?
そう言いかけて、それをぐっと飲み込んだ。
「御苦労様です」
「それはこちらの言葉ですよ、先生」
「え、ええ」
俊一はやや難しい性格をしているという印象だ。真水は、下手に隠しだてするのは得策ではないと思い、
「弟さんは今、保護室に居ます」
「そうですか」
顔色一つ変えずに俊一は言う。
「しょうがないですよ」
「すみません」
「先生が謝ることですか?」
「………いえ」
真水の謝る筋ではない。否、謝ったところで何かが変わるわけではない――――「意味がない」のだ。
「今日は、用事があってきました」
「はい」
「申し訳ないのですが、僕は先生に、というより、先生の担当されている、ある患者さんに用事があるんです」
「え?」
「許可をいただけますか」
「えっと、えー、どなたに? どういった関係で?」
「樋野麻衣子さん」
「えっ」
「昔からの友人が来ているんです」
勿論、それは嘘だ。しかし、家族に見捨てられ、精神科に身を置く麻衣子に友人がいたことに、素直に喜びを覚えた真水は、
「どうぞ、面会時間は16時までですが」
半ば顔を紅潮させて、あっさりと俊一の申し出を許可してしまった。正確には、浩之と麻衣子の邂逅をみすみす許してしまったのだ。
このことで、しかしどうして何も知らない真水を責めることができようか。