第五群 水 面

工藤征二は保護室に入れられた。保護室という名の独房に。突如としてデイルームで暴れ出したのだ、無理もない……と言いたいところだが、独房への監禁のどこが人権侵害ではないと、純粋な医療行為だと、主張できようか。

彼は囚われたのだ、健常者の認識し、支配する世界から排除されつつあるのだ。

「一時的な必要措置」

だと、苦々しく真水は言った。彼自身にも、良心の呵責が無い訳がない。しかし、他の患者の動揺や与える影響を考えれば、

「……しょうがない」

のだと、必死に自分に言い聞かせている。真水は、ますますこの世界に対する諦観の念を濃くした。

そういう時に限って、征二に面会者があるという。

「どうしますか?」

指示を仰ぐ看護師に、真水は疲れ切った表情で、

「断わってくれ。会わせられない」

自分でも吐き気のするような言葉を口にした。

「しょうがないんだ」

しょうがない。しょうがないのなら、何もかもが許されるのか?

問いかけは無情にも、彼の医師としてのレーゾンデートルを責め立てる。だから、彼は目を逸らし続ける。

「逃げちゃ、ダメだ」

そんな台詞のアニメが、昔あったっけな。

「工藤さんのご家族だそうですが……」
「え?」

真水は虚をつかれた表情になった。

「先ほどいらした面会の方です」
「そう……」
「どうしますか?」
「………本人にはまだ、会わせられないです。僕が応対しましょう」

デイルームの一角に、明らかに周囲とは異なる雰囲気を漂わせる男性が一人、足を組んで座っていた。工藤征二の兄、工藤俊一その人である。

「こんにちは」

俊一は、頭を軽く下げた。

「弟がお世話になってます」
「こんにちは、工藤さん―――」

どうしてまた、こんなタイミングに?

そう言いかけて、それをぐっと飲み込んだ。

「御苦労様です」
「それはこちらの言葉ですよ、先生」
「え、ええ」

俊一はやや難しい性格をしているという印象だ。真水は、下手に隠しだてするのは得策ではないと思い、

「弟さんは今、保護室に居ます」
「そうですか」

顔色一つ変えずに俊一は言う。

「しょうがないですよ」
「すみません」
「先生が謝ることですか?」
「………いえ」

真水の謝る筋ではない。否、謝ったところで何かが変わるわけではない――――「意味がない」のだ。

「今日は、用事があってきました」
「はい」
「申し訳ないのですが、僕は先生に、というより、先生の担当されている、ある患者さんに用事があるんです」
「え?」
「許可をいただけますか」
「えっと、えー、どなたに? どういった関係で?」
「樋野麻衣子さん」
「えっ」
「昔からの友人が来ているんです」

勿論、それは嘘だ。しかし、家族に見捨てられ、精神科に身を置く麻衣子に友人がいたことに、素直に喜びを覚えた真水は、

「どうぞ、面会時間は16時までですが」

半ば顔を紅潮させて、あっさりと俊一の申し出を許可してしまった。正確には、浩之と麻衣子の邂逅をみすみす許してしまったのだ。

このことで、しかしどうして何も知らない真水を責めることができようか。