今からおよそ450年前、フランスのプロヴァンスで怖しい実験が行われた。ノストラダムスは予言者として有名になったが、彼は本来医者だった。
当時ペストが流行した時、彼は医者として活躍したが、その時に怖しい実験をしたと言われている。
ペスト菌は一部の人間に、進化遺伝子を狂わせる作用があることを、彼は発見してしまった。
そして、ペストの治療法が確立されてから、威力を弱めたペスト菌を、ワクチンと称して一部の人間に植え付けた。この菌は、人間以外には猛毒である。
ノストラダムスは「1999年7月に恐怖の大王がやってくる」と予言した。しかしそれは予言ではなく、彼自らが計画した人体実験の結果が出る時期に他ならなかったのだ。
しかし予言はやや外れて、7年後の2006年、ノストラダムスの計画を450年前から引き継いできた『組織』によって続けられた人体実験―――ワクチン接種の皮を被った―――によって、一部の人類に変化が見られるようになった。
「私の知る限りでも、犠牲者は三人いる」
樋野麻衣子。体が徐々に黒蝶に変化する進化を無理やりさせられた少女。
工藤征二。精神的な傷を代償に、不可思議な予言の能力を手に入れてしまった青年。
小湊浩之。死して尚、全ての記憶と引き換えに、奪う存在として現存する運命を負わされた存在。
疑心暗鬼が羊子の心を支配しようとする。それでも、尚、
「私は自分で道を拓く。どんなに無様でも、ね」
彼女は決して、振り向かない。
そして俊一は、羊子がそういう人間であることを、古くから知っている。
「待ってくれ」
「え?」
「いずれデリート部隊に消されるのは、俺も一緒だ。だったら足掻けるだけ、悪あがきをしてもいいのかもしれない」
「どういうこと?」
俊一は、三つ折りにされた便箋を羊子に手渡した。
「遺言だ」
「遺言って、征二君の……?」
「倒れる寸前まで傍にいた看護師が、書き取っておいてくれた」
「……そう」
「これで俺も、『組織』から見れば裏切り者だな」
そう言って、俊一は苦笑した。羊子は久々に俊一の笑顔を見た気がした。けれど、こんな形では、できれば見たくなかったとも思う。
「裏切りついでに、情報を頂戴」
「構わないよ。あとは時間の問題だ。どうせ、今日の数少ない参列者の中にも『組織』の人間はいただろうし」
「聞きたいことは山ほどあるのよ。ここじゃあまりに無防備だから、どっかの喫茶店にでも行きましょう」
「どこにいても一緒だろうけどね。まぁいい、俺もタバコが吸いたかったんだ」