真水は打ちひしがれていた。患者の死を看取ったことは、医師という立場上、何度かはあった。しかし、征二のあまりの突然の死は、真水の心にも大きな傷を残した。
自分は無力だ。心病んだ青年一人、救うことができなかった。いや、救うというのは驕りだ。
治す、というのにも表現に違和感を覚える。どうにもこうにも、自分は、無力以外の何者でもなかった。
なのに、どこかで盲信していた――「なんとかなるだろう」と。と同時に、どこかで諦めていなかったか? あの青年が、箱庭から出ることは一生なかっただろう、と。
何がどうなろうと、工藤征二は二度と戻ってはこない。遺された者たちは、各々に己の無力さを味わわされるのだろう。
真水は何度目になるかわからないため息をつき、白衣を脱いだ。力なくタイムカードを押すと、覚束ない足取りで病院の職員用玄関を出た。
「あ……」
雨だ。気付かなかった。予報にも無かった筈だ。さながら、送り涙雨、か。
感傷に浸る余裕もなく、もとい、そんな資格もなく、真水は小走りに濡れながら最寄り駅を目指した……つもりだった。
その足が、気づいたら駅の入り口を通り越していた。小走りのまま、真水は雨に打たれ、スーツを台無しにしながら、ある場所を目指していた。