第七話 丸い瞳
真一は一瞬戸惑ったが、持ち前の頭の回転の良さですぐに状況を飲み込み、 「大丈夫です。誰も襲ってはきませんよ」 桃香の背中にそっと手を添えた。 駅構内には相変わらず、運転再開の見込みがない旨のアナウンスが流れている。駅員に…
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真一は一瞬戸惑ったが、持ち前の頭の回転の良さですぐに状況を飲み込み、 「大丈夫です。誰も襲ってはきませんよ」 桃香の背中にそっと手を添えた。 駅構内には相変わらず、運転再開の見込みがない旨のアナウンスが流れている。駅員に…
応じたのは、垣内さんだった。車いすを軽快に転がしながらやってきて、 「こんにちは。安田は今ちょっと外にいて。御用ですか?」 「あ、はい。あ、いいえ」 「え?」 怪訝そうな顔をする垣内さん。当たり前だ。 桃香はモロゾフのク…
兵藤さんは真一を心配していた。あの日以来、どこか心ここにあらずといった感じで、仕事にも凡ミスが増えたからだ。 「あのさ、安田くん」 兵藤さんは真一の提出した書類を手にしながら、 「平成2016年って、ありえないでしょ。こ…
考えるのが苦痛で、だから考えたくなくて、でも、考えずにいられない。 恋って、きっと、そういうものだ。 真一の前には今、横顔の女性が描かれている。 それは桃香の面影を写しているようで、しかしどこかに影がある。 彼の見る桃香…
祖父がそれを読んでいたのはなんとなく覚えている。中原中也の「山羊の歌」だと知るのは随分後のことだが、「サーカス」という詩の独特な表現が、妙に心に残った。 「ゆあーんゆよーん ゆやゆよん」。 再生されるのは、優しかった祖父…
心に蓋をするのは、彼にとって簡単なことだった。級友の「事故死」すら、1ヶ月もすれば机の上の花瓶もなくなり、日常がだらしなくやってくる。 また、みんなが空気を読みあい、相互監視する日々がやってきた。人は忘れる生き物なのだろ…
ふるーるの所長、三浦さんはこうなることすら全て見抜いていたのだろうか。 あの時、三浦さんは桃香にこう、問うていた。 「人を、さ。想う気持ちって大事だけど……」 「はい」 「人をありのままに受け止めるって、簡単じゃないよね…
真一の自宅は、中野駅から15分ほど歩いたところにあった。木造モルタルのアパートの、102号室。駅までの道すがら、二人はコンビニに寄ってお菓子や飲み物を買った。それから、安全に結ばれるための道具も。これは桃香がこっそり買っ…
想いが通じ合うということの、凄まじい自己肯定感は、同時に彼を不安にもさせた。自分はこのまま幸せになってもいいのだろうか? しかし、彼女は教えてくれた。共に歩もうと。共に、影を背負っていこうと。 解き放たれる時があるとした…
6月のよく晴れた日、絵美子の結婚披露宴が盛大に開かれた。いつもメイクには気を遣っている絵美子だが、プロにメイクアップしてもらい、ウェディングドレスを身に纏った姿は、見る者を惹きつけるだけのパワーに溢れていた。 「おめでと…