第十話 準特急

京王線の準特急は、笹塚駅に止まる。そんなどうでもいいことが、やけに気にかかる日だった。 とにかく急いでいた。仕事が長引いて、彼と待ち合わせしている新宿へ着くのが約束の18時を過ぎてしまいそうだった。 調布駅からようやく乗…

第九話 手を繋ぐ

帰り道、二人とも一言も発さなかった。冥土カフェにて彼の「命日」の宣告を受けた私はすっかりしょげてしまったのだ。 来月の25日、彼は「その時」を迎えるという。物憂げなカフェのマスターはそう断言した。 「でも、これって、ただ…

第八話 いちごミルク

彼のクセ、なのだろうか。右利きなのに左脚を上にしてよく脚を組んでいる。私がそのことを問うと、 「本当は、左利きなんだ」 と、わざとらしく左手で何かをスペリングする動作をとった。 「親に、右利きに矯正されてね」 「そうなん…

第七話 勘違い、してますよ。

私たちのデートには協議というものがあまり存在しない。「なに食べる?」だとか「どこに行きたい?」だとか、そういう自然な文脈のカップルらしい会話は、皆無と言っていいだろう。 今日だってそうだ。中野に呼び出されたと思えば連れて…

第六話 いとも、簡単に。

中野ブロードウェイ。サブカルチャーの一大拠点のような場所だと噂では聞いていたが、実際に行ったことはこれまでなかった。特に興味がなかったというのが大きな理由だ。 新宿から中央線快速でひとつめ。たったひと区間で、街はこんなに…

第五話 あれは、ずるい

上映終了後、まだ桜が見ごろということで新宿御苑まで歩いた。なぜかしら彼は早足だった。 映画が終わってから二人とも、何も言わなかった。散り際になった桜並木に囲まれて、少しだけ息を弾ませて歩いていた。 顔が紅潮していたのは、…

第四話 なんだ、やっぱり

銀座での敗北(と認識されていること)がどうにも悔しくて、金曜日、仕事の帰り道にTSUTAYAに寄ってドラえもんの映画のDVDを借りた。ドラえもんがニューシネマ・パラダイスに負けないくらいに名作が多いことを、きっと彼は知ら…

第三話 映画館

春もやが街を支配する水曜日、珍しく平日に休みを取った。いわゆる年度末の有給消化というやつだ。私がそのことを彼に伝えると、「じゃあ、僕も」とわざわざ休みを合わせてくれた。ありがたいような、ただのありがた迷惑のような、どっち…

短歌 放置

1 断言が断罪になるというのなら早く私を馬鹿と貶して 2 この駅に快速列車が止まらないのも寂しさも私のせいだ 3 鈴虫に唆されて僕はいま誰も知らないソリストになる 4 メロディを重ねるたびに嘘がほらバレていくから早く歌お…

第二話 キャラメルフラペチーノ

金曜日の新宿で待ち合わせた。なんでまた、こんなやかましい街に? その問いに彼は、 「スタバに行こう」 と返してきた。 街を見上げればあちらこちらで微笑んでいる、人魚のロゴマーク。 「どのスタバ? この街、スタバだらけだよ…