第十六話 ミルフィーユ

待ってたよ、疲れた? そう言いかけた私をさておいて、彼はなんの躊躇もなく私の家に入ってきた。 「ちゃんと食べてる? 暖かくして、睡眠もしっかりとらないと」 「……そうだね」 まるで、昔からそうであった…

第十七話 メモ帳

あれから、彼は無難な言葉ばかり並べ立てて、私に努めて優しく接した。わさびとソースで汚れたレンジの掃除までしてくれた。 私といえば、思い出したように熱が上がってきて、ベッドに突っ伏してしまったのだが、そ…

第十八話 ワンピース

夜の新宿で待ち合わせた。あの日と同じ、霧雨だった。 東口のアルタ前で春色のワンピースを着て、歩きやすいようにヒールの低めのパンプスを履いて、緑色の傘をさして立っていた。 カバンには、先日彼が残した一枚…

第十四話 操作ミス

笹塚駅からの帰り、彼と二人、列車に乗った。ガタゴトと揺れる車内を、彼と手を繋いでいた。バラの花束をもう片手に携えた私は、はたから見ればそれはもう幸せに映っただろう。 暗闇の中を走る列車の中で、彼が静か…

第十二話 セバスチャン

どこをどう歩いたのか走ったのか、よくわからなかった。ただ、この笹塚駅付近にいるはずの彼の姿をひたすら探した。傘なんて持っていなかったから、せっかくのカーディガンもストールもびしょ濡れになった。 「Bo…

第八話 いちごミルク

彼のクセ、なのだろうか。右利きなのに左脚を上にしてよく脚を組んでいる。私がそのことを問うと、 「本当は、左利きなんだ」 と、わざとらしく左手で何かをスペリングする動作をとった。 「親に、右利きに矯正さ…

第六話 いとも、簡単に

中野ブロードウェイ。サブカルチャーの一大拠点のような場所だと噂では聞いていたが、実際に行ったことはこれまでなかった。特に興味がなかったというのが大きな理由だ。 新宿から中央線快速でひとつめ。たったひと…

第七話 勘違い、してますよ

私たちのデートには協議というものがあまり存在しない。「なに食べる?」だとか「どこに行きたい?」だとか、そういう自然な文脈のカップルらしい会話は、皆無と言っていいだろう。 今日だってそうだ。中野に呼び出…

第九話 手を繋ぐ

帰り道、二人とも一言も発さなかった。冥土カフェにて彼の「命日」の宣告を受けた私はすっかりしょげてしまったのだ。 来月の25日、彼は「その時」を迎えるという。物憂げなカフェのマスターはそう断言した。 「…

第十一話 糸(予感)

気疲れして、笹塚駅のドトールのカウンターに身を沈めてしばらくぼーっとしていたら、目の前に置いたスマホが鳴った。彼からのラインだ。 「どこにいるの?」。 ん? 南口のドトールって送ったはずだけれど。 続…