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「死にたい」が本気の言葉だと理解されたので突き放してもらいました

先日「消しゴムがほしい」という記事の中で、私は「線引きがバカらしくなる社会であってほしい。健常者か障害者か、性的指向、学歴、資格、宗教、国籍、そういうものの境界線が消しゴムで気軽に消せるような。」と書いた。

当然そんな消しゴムなど存在しなくて、理想を口にする私は今日も呼吸が下手だ。物理的にパニック症状を起こして味わう恐怖に加えて、今のこの社会を覆う抑圧、相互監視、嫌味やマウンティング、嘘や暴力をカネと権力で正当化する人々によって、今日も私はしっかりと死にたくなっている。

ヘラヘラしている時ほど、実はかなりのSOSなのだけれど、これが非常に伝わりにくいので自分でも厄介だ。私のその癖を見抜けるのは主治医でもカウンセラーでもない。唯一、ざっくりと私の傷をえぐりながら「本当」に手を突っ込めるのが、他でもない夫だ。

今日、半分仕事で、とある動物園へ行った。動物たちを観ることがメインイベントではなかったので、必要な視察を済ませてさっさと帰ってきた。

疲れた。気疲れした。

うまく言えないし、うまく言う必要もないのでうまく書けないのだけれど、以下、もし似たようなことを憂いている方がいたらそれは(手放しで喜べないものの)少し、心強いことだ。

テーマパークやフードコートに限らない話かもしれないが、ああいう場ではちょっとした醜い争いが見た目にわかりやすく起こる。例えば場所取りで傘などを利用して牽制したり、バッグなどの荷物でじりじりと浸食してきたり。向こうからぶつかってきたのに謝るどころかぶつかった側が舌打ちしたり。パニック症状を起こしてよろよろと手すりにしがみついている私に遠くからスマホのカメラを向ける人々がいたり(念のため書いておくが無関心はもちろん暴力だが、下衆い好奇心もまた暴力である。)。

「相手を見て、勝手に値踏みして、見くびれそうならばなんらかのネガティブなアクションを開始する」、そんな人が激増している気がする。具体的には、チラッとニヤニヤ見やったり、嫌な間を置いて笑い声をあげたり、悪質なのはスマホの画面にこちらをバカにする文言を打ち込んでその場でグルのLINEに送り、やはりニヤニヤしあう、など。気味が悪い。

ちなみに書くと、私はしょっちゅう色々な場面で多くの方々に勝手に値踏みされては「コイツ、バカにできそう」と判定されて今書いたような憂き目に遭う。ぼーっとした見た目と害のなさそうなニコニコのせいかもしれない。

けれどごめんね、値踏みストさんたちの期待に添えるような優しさは私にはない。こちらも別にボランティアで生きてるわけじゃないから、さすがに今日はきっちりガンを飛ばしてしまったため(お相手さんがたはそそくさと退散していかれました)、今はその時の自己嫌悪感がひどい。

ひとつひとつは些末なことだし、「気にしなきゃいいんだよ」と言われればそれまでのことだ。確かにそれはその場では正論かもしれない。

だが、その「気にしなきゃいいんだよ」を放置してきた結果、なにが鬱積しただろうか?

ルールの名を借りた抑圧や誰のための制限なのかが不明瞭な決まりごとや慣習(例えば結婚は男女でするもの、高校では黒髪でなければならない、筆算の線は定規で引かなければ全問やり直し、など)に窒息しかけている人もこのごろはかなり増えた。

「精神障害を得る人は優しい人が多い」、と言われるのが苦手だった。精神障害が優しさが弱さの代名詞のように聞こえてしまったからだ。だが、私は二つの点で勘違いをしていた。

まず、優しさは弱さの代名詞ではない。間違いなく強さと賢さの証左だ。強く賢い人は、人を値踏みすることも嘲笑うこともしなければ、その惨めさをよく理解している。

次に、精神障害を得ることは弱いことではない。ましてや劣っていることでも克服すべき(健常者に近づこうとする)ものでもない。私が私らしく生きようとした結果としての精神障害なのだ。私のこれまでの歩みに強く紐づいているものを、誰かさんたちに一概に否定されたくはない。

不誠実や要領の良さ、見た目の良さや取り繕うことばかりが礼賛される現代において、精神や神経のどこにも不調を覚えないのは、単に無神経なだけなのではないだろうか、というのは暴論だろうか?

テーマパークやフードコートなどの現実世界が荒んでいく一方で、ネットの世界はどうだろう。怖くてあまり追求も言及できないけれど、罵詈雑言や差別用語が飛び交っていることは容易に想像がつく。自分の知らないこと、価値観が合わないことなどを認め合えないどころか、相手が文字通り死ぬまで意見を潰そうとする。しかも責任のかけらも取らずに。

敵がいないと生きられないとばかり、気に食わない相手の粗探しに血眼になって、笑われないためにゲラゲラ手を叩く姿を散見するようになった。私はふと、昔むかしおもちゃ箱にあった「ゼンマイを巻くとシンバルをバシバシ叩きながら歩きだす猿」を思い出した。まだ実家のどこかに残ってたりして。

相手に対してポジティブな関心をまず寄せて、対話を試みることが巡り巡って自分の幸福度を上げるのだと頭ではわかっているのに(=ネガティブな入口をくぐると自己肯定感ごと幸福度が下がっていくことも百も承知のはずだったのに)今日の(も?)私は、とても嫌なやつだった。たとえ嗤われてもただ泰然としておけば良かったのに、私はもともと可愛げのない目を尖らせて相手に刺してしまった。

なんて私は、つまんない人間なんだろう。それでもヘラヘラしているんだから、割と深刻に絶望する。

「あはは、死にたいな」

帰りの車の中で私が呟くと、運転席の夫は表情一つ変えずに、こう言ってのけた。

「ここからなら、海でも山でも近いけど、どっちがいい?」

『そんなことを言っちゃダメだよ』『どうしてそんなことを言うの』などと夫は決して言い咎めない。私が「死にたい」と口にするときにはそれが軽口などではなく、本気であることをよく知っているからだろう。

私はあっさり根負けした。

「家に帰ってベッドに潜りたい」

「死ぬんじゃなかったの?」

「起きてから考える」

昼寝は良い。siesta、日本にも普及しないかな。睡眠不足が私たちをイライラさせてない?

優しい人の優しさを消費してでしか回らない社会なんて、すでにもうおかしいんだと思う。誰かが精神障害を得れば、その先には嬉しそうに口を開けて「healer」「carer」のていで待ち構える精神科医やら福祉職やら。もう勘弁してほしい。そこにもしっかりお金や利権が回ってたりするから、こんなにもわかりやすいクズみたいな構造を、それでも今のところ私たちは乗り越えてはいない。

わかってるよ、別に誰に勝ちたいわけじゃない。でも、負けたくはないんだよ。

「頑張らなくてもいいから、あきらめないでね」。

とある療養所で、何十年と生き抜いてきた女性にかけられた言葉が脳裏に蘇る。

うん、そうだね。頑張らなくていいよね。あきらめなくても、いいんだよね。

ありがとう、それでもまだかなり死にたいので、ちょっと心身を休めます。起きたら「どうするか」を熟考するね。そうだ、魔法の消しゴム探しの旅にでも出るかな。

とりあえず、昼寝してきます。おやすみなさい。

消しゴムがほしい

どうも、待てないらしい。心の中で「さっさとしろ」と舌打ちする割に直接伝える勇気がないから、SNSに書き込んで鬱憤を晴らすらしい。

今日、ランチで車いすの友達ととある定食屋に行った。会計時、その子が私に車いすに掛けているポーチから財布を取ってとお願いした。私がポーチから財布を取り出して、その子に渡した。その子が自分の財布を開けて千円札を出そうとしていたら、背後から聞こえよがしにサラリーマンの咳払いと、「なんで払わせるのかしら」のお声。脊髄反射でガン飛ばしそうになったけど、堪えた私すごい。

お急ぎなら、そう声をかけてほしかった。「さっさとしろ」を忖度する能力は私には備わっていないため、(なんか安っぽい大人たちだな)という残念な感想を抱くに留まった。店を出た後に、当の友達が「なんか、ごめん」と呟いたので、私はいつものように「なにがぁ?」とヘラヘラした。

早いこと、速いこと、定型であること、「みんなやってること」は正義らしい。そこからはみ出ることは劣っていること、悪いこと、改めるべきことらしい。

結構、びっくりする。と同時に、「マジョリティ」とやらから、13歳にして早々にドロップアウトできて本当によかったとしみじみ感じる日々だ。

[前へ倣え]が苦手だった。背が低かった小学校低学年の頃は一番前で腰に手をあてるポーズを取らされたけど、「私は誰に倣えばいいの?」と質問したら、教師にはあからさまにめんどくさそうな表情をされた。ここにこうして書くくらいなのだから、子どもなりに傷ついたのだろう。

(倣え。倣え。はみ出すな。それはとても良くないことで、はみ出したら通知表に、お前は落伍者として「総叩きにして良し」と書いてやるぞ。)

実際、コミュニティから排除されて好き放題、心身ともにズタボロにされた。インターネットも今ほど普及していなかった時代に、なんとまあ徹底した暴力だったことか。

けれどここで書きたいのは、不登校・ひきこもり経験の話ではない。

はみ出したからこそ見えている世界がある。それこそ[前へ倣え]という命令形になんの疑義も挟めなかった思考停止系ピーポーがいわゆるマジョリティなら、私は今の社会の中でマイノリティであるという自覚と、そこに誇りを持っている。

やれダイバーシティだ多様性だ、差異の承認だの言われ出して久しい。最近の行政は「心のバリアフリー」なんて言葉を好んで使う。あまりに言葉だけがイメージで独り歩きしていることを憂慮した私は、ある会議で官僚さんに問うてみた。

「みなさんがフリーにしたい『心』の定義って、そもそもなんなんですか」

途端に顔を見合わせる皆さん。いつかどこかで見た「面倒そうな」表情を上っ面の笑顔で覆い(これでも元演劇人なんで、猿芝居ならすぐに見抜くよごめん)、以下の返答。

「持ち帰って検討します」

→ここでは答えられないから忘れた頃に忘れてね。って意味です。

定義の定まらないもの相手に、私たちは何を議論していたんだろう。私の半日を返せ。その日は9月なのにやたらと暑くて、庁舎の中のコーヒーショップでアイスコーヒーの大きいサイズを頼んだ。気分が悪くてガブ飲みしようと思ったけど、結局少し残した。ごめんなさい。

後日送られてきた議事録を見て、私は文字通りめまいを覚えた。私の質問のくだりがバッサリとカットされていた。

ずいぶんと、つまんないことするんだね。 

笑われないために笑う側にしがみつくその姿が既に哀れな件だけれど、そんなことどこにも教科書には載ってなかったからね、仕方ないよ、わからないのは、うん、仕方ない! (あー、だっせ。)

笑う側は常に観客なんだよ、決して主役にはなれない。「その他大勢」として責任を微塵も取らずにやり玉にあげる対象にばかり誠実さを要求する。

知ってた? 世界って平等なの。優しさには優しさが返ってくるし、毒には毒が巡ってくるし、誰かを貶せばそのぶん笑われるんだ。しかも、最終的には土に還るんだよ。地球ってみんなみんなの死骸の集合体なのかもね。綺麗。

ゆっくりなこと、工夫や配慮を要すること、非定型なこと。これらを否定するマジョリティは、どっぷりと[こうあるべきだ]エキスに脳が浸されているんだろうね。「洗脳」とはよく言ったものだ。

定型や無難さが推奨されるのに、「個性を大切にしよう」「障害者やマイノリティを理解しよう」ってその矛盾に、いつになったら気づくの? それとも気づいておきながら放置してるの? あっそう。(やっぱつまんねー)

そうだよね、みんなも、余裕、ないもんね。(素敵な言い訳ー)

さっさとしろ。

はみ出すな。

(笑われたくなかったら)前へ倣え。

うるさい。金太郎飴なリアクションなんてもうたくさんだよ。つまんない。少なくとも、私にとっては。

専門家とかいうマジョリティの勝ち組代表みたいな人たちからしたら、私のようなひとりの精神障害者(=彼ら彼女らからすればどこまでも支援の対象)が反論や意見や提案をすることは「生意気」とされ、下手すると「調子が悪いに違いない」とまで決めつけられこき下ろされる。

あーもー社会福祉学部なんて出るんじゃなかったー(下手打ったー)。元友達たちは軒並みソーシャルワーカーとなり、ことごとく私を評価したがり、分析したがり、私以上に私のことを知った顔をする。私はすこぶる優しいので、それをいちいち受け入れて許している。だって怒ったって「調子が悪い」とか言われるだけだから。このテンプレ感、ぞっとする。

もちろん、私が社会福祉士と精神保健福祉士の資格を持っているのは、彼ら彼女らに対するちっぽけで精一杯のアイロニーです。あーごめん、なんか私でも取れる程度の資格みたいだね、って。

ごめん(なんか謝ってばかりだな)、性格悪いよね、私。大丈夫、自覚はあるから!

苦しいの? そう。

自分たちで自分たちの首を絞めあっているみたいだけど、まだ苦しい理由がわからないかしら。

手放しで息ができないんだから、そりゃあ息苦しいでしょうね。

私は呼吸そのものを脅かされて久しいから、首を絞められながらでもきっと、歌を歌えるよ。何を歌おうか。嘘でもついてみようか?

皆さん、かっこいい☆ とか。

笑われることが平気になると、人を笑わなくなる。笑う人たちに気持ちばかりの哀れみさえ添えて、あとは堂々と自分の人生を歩いていける。

今さら、痛々しいことを恐れる私ではないから。

なんだ、強くなったわねー、と天国のばあちゃんたちがガッツポーズしているのがわかる。あ、もちろん妄想だけどね!

本当のこと、本質、誠実さ、愚直さが私の目の前には溢れている。外野に、ニヤニヤしてしか、偉ぶってでしか、プライドを保てないその他大勢の皆さま。お疲れさまです!

線引きがバカらしくなる社会であってほしい。健常者か障害者か、性的指向、学歴、資格、宗教、国籍、そういうものの境界線が消しゴムで気軽に消せるような。

「属性=人」だなんて、どこの教科書の何ページ目に書いてあったの?

狂っててなにがいけないんだよ。

そんなに固い話を書くつもりはないし、専門用語をバンバン飛ばすのは美学にそぐわないので、なるべく伝わりやすい表現を心がけて書こうと思ったテーマが、「こんな社会だったらいいな」。

「社会」という枠組みで語るにはやや狭いかもしれないけれど、私はここ数年ずっと思っていることがあります。

私の常日頃の発信からも読み取ってもらえるかもしれないけれど、

狂っててなにがいけないんだよ。

心の底から、そう思うのです。

1.ホスピタリズムという言葉

これはもしかしたら「あるある」なのかもしれないけれど、精神科の病院やクリニックに行くと具合が悪くなる(気がする)ことって、ありませんか?

諸事情があり、私は先日、今まで出会った精神科医の中で唯一「この人は医師だ」と感じられた女医、Nさんのもとから卒業したのですが(そのエピソードは、書ければそのうち書きます)、Nさんは私がかつて入院していた大きな精神科病院に勤めています。その精神科病院の玄関がどどーん! と見えてくると、途端に「なんか聴覚が過敏かな」とヘッドフォンを外してみたり、「なんか落ち込んできた……」と胸元を押さえてみたり、とか。そんな「ちょおおっ!」とツッコミを入れたくなるようなことを、十年以上前なら私はリアルにしていたかもしれないです。

薄めて言うと、「こんな場所(精神科)にかかっているような自分はダメだ」という感情が根底にあったので、自己肯定感をずるずると下げる類の行為、ある意味で精神的な自傷行為に、諦観を言い訳にして走っていた気がします。

入院していた頃だって、ずっと「退院したい」とは思っていた訳ではありませんでした。このまま入院していては実習に行けない、実習に行けなかったら国家試験を受けられない、試験を受けないと専門家になれない……(この夢は最高にクールな形でぶっ壊れました)。頭の隅ではそうわかっていても、起床・就寝時間、三度の食事、入浴、服薬、小遣いなど、日常生活のありとあらゆる場面を管理される生活に慣れてくると、

「ここは年中エアコンも聞いているし、医者や看護師のご機嫌をうかがっていい子ちゃんでいればそんなに悪い目にも遭わないし(逆の文脈をぜひ読み取ってください)、別にもう退院しなくていいんじゃないか。むしろ外に出たらまたいじめられるかもしれないし、家族にも迷惑だろうし……」

たった一年間弱入院しただけで、こんな塩梅で洗脳されそうになりました。典型的なホスピタリズム(施設症)というやつです。実際は診療報酬の影響なのか何なのか、追い出されるような形で退院したのですが(その後ガッツリ引きこもったけどさ)、今こうしてnoteを綴れる日々を送れていることを考えると、唐突に退院を告げられたあの時、「嫌だ、入院させておいてください」と言わなくて良かった。。と胸をなでおろすばかりです。

2.誰のための何なのか・祭

あまりオンタイムでアップするとまずいかなーと思っていたのですが、このテーマで書く際には欠かせないことと感じたので本人に確認をしたところ快諾してもらえたので書きます。

先日、某精神科病院で開催された「納涼祭」に夫婦で遊びに行きました。そこに共通の友達が入院しているのです。納涼祭の趣旨は、「地域に開かれた病院であることをアピールする」といったところでしょうか。

けれど、まずその病院に行くまでが遠いのです。日に数本のシャトルバスを逃したら、あとは路線バスで最寄りバス停で降りて徒歩20分。風光明媚だとか自然が豊かだとか緑に癒されるだとか、そんな表現はいくらでも盛れるのですが、ぶっちゃけ山の中でした。あれのどこがどう「地域に開かれて」いるのかをつまびらかに説明できる人がいたら尊敬します(行間読んでね)。

お祭自体は、いくつかの出店と、いつも駐車場になっているらしい場所に盆踊りのやぐらが建てられていました。新オレンジプランの影響か、高齢者が非常に多かったです。

やぐらから文字通り上から目線な医師たちの挨拶(誰も聞いてなかったのが印象的でした)のあと、大音量で音楽が流れ始め、盆踊りが始まりました。

いつ練習したんだろう……というほど手際のよい職員たちの盆踊りにまざって、患者さんたちも数人ぎこちなく踊っていたのですが、表情が全然楽しそうじゃなかったのが見ててつらかったです。

というかあの音量は、特に急性期の患者さんには毒でしかないのでは? 私だったらきっと苦しくて暴れていたかもしれない。あ、でもそっか、暴れたら暴れたで「問題行動」と見做して、ほいほいと身体拘束するのが合法だもんね、この国は。

私が苦々しい表情をしてやぐらを睨みつけていると、フライドポテトをとってきたはずの夫が私以上に苦々しい表情で戻ってきました。

「どうしたの」

「Cちゃん、会えないって」

「えっ」

「具合が悪いんだって、応対した看護師が言ってた。どこまで本当かはわからない」

Cちゃんとは、私たち夫婦の共通の友達です。つい先日も我が家に「今度納涼祭だから、遊びに来てね」とハガキをくれていました。

私は周囲を見回しました。看護師、看護助手、介護士、精神保健福祉士、みんなみんな懸命です。うん、一生懸命なのはわかるよ。なにせ人の命と尊厳に直結する仕事だから。そもそも一生懸命じゃなきゃおかしいんだけどね。医師? ごめん、私たちからしたら論外だ。俎上にのせるまでもない。

「ケアする者」と「ケアされる者」の間には、三途の川でも流れているのだろうか。それか強固なATフィールド? 資格という名の特権階級? あ、流行している自己責任&思いやり・ほどこし・やさしさとかそういうアレですか?

馬鹿も休み休み言え。

誰のなんのためのお祭だったんだろう? わかんない。病院のホームページを見たら、どうも職員の福利厚生の一環でもあるらしく。うぇぇ。

Cちゃんから「お祭は楽しかったです。来年はきてね」とハガキが届いた時、マンションの郵便受けの前で泣きそうになってしまったのは、Cちゃんには内緒にしておいてください。

来年まで入院してるつもりかよ。そんなことさせるかよ、とは本気で思っています。

3.だって台風だったんだもの

昨日の夜、私の住む町は暴風雨でマンションの窓を強烈な雨粒が叩き続けていました。私は昨日のnoteを書きながら気ままにラジオを聴いていたのですが、そこへノイズが混じりました。といっても、ラジオの電波は良好です。ノイズと表現したのは、夫の小さな笑い声でした。youtubeで笑える動画でも観ているのかと思いましたが、彼は窓辺のソファに腰かけて、雨風が窓ガラスを揺らす様子や唸りを上げる空気の渦に耳を澄ませ、かろうじて私が聞き取れる程度の音量で笑っていました。

その横で、私はnoteを書いていたのです。

それが私たちの日常だし、起きている事象に対してあれこれ感情をのせるのは、あくまで後づけの作業です。精神障害がファッション化する風潮こそ憂いますが、精神障害とはその人の人生の歩みに強く紐づくものであると私は考えています。ゆえに一概に「可哀想」だとか「キチ草」だとか他人事として吐き捨てる方々はスルーするとして、私が問い直したいのは、精神障害を持つ本人たちが、自分の障害についてどう評価をしているんだろう、という視点です。

例えば、幻聴が聞こえたとします。以前の私なら、「ああ、また聞こえてしまった。やっぱりだめだ、ちゃんとお医者さんがくれたお薬を飲まなきゃ」と妄信していたでしょう。で、その結果、薬の副作用のほうが強くて思考が抑制されたりよだれが止まらなくなって外出が怖くなってしまったりして。それでも「体調が悪いのは、私の努力が足りないんだ」とか思っちゃって、あれこれネットサーフィンやら図書館通いをして「医学的な知識」を仕入れようとしたり(今現在、このようなことをしている人を責めたいわけではなく、かつて自分がそうだったというだけのことです)。

けれど、夫を見ていると思うのです。彼は自分の中の「狂気(とマジョリティが評価したがる部分)」に非常に素直です。たまにどこかへ思考を旅させます。昔は、正直その光景に異様さを感じていた私ですが、彼を知れば知るほど、その感情がいかに上っ面だったかを痛感します。

昨日は「それ」が特に顕著でした。風がびゅうびゅうと吹くたび、彼は目をきゅっと細めていたのですが、それが睨んでいるのか微笑んでいるのかが私にはわからなかったものの、自分の中のそういう部分に肯定的であれるという意味では、とても幸せな人なんだろうな、と感じます。そしてその幸せは、ある種、一線を越えたからこそ持ちうる強さに裏打ちされているんだろうな、と。

電車のダイヤだってあんなに乱れたんだから、窓辺で幻影と遊ぶくらい、かわいいものです。だって、台風だったんだもの。

4.あなたの隣に私、私の隣にあなた

昨今、生きづらさを訴える人が本当に増えています。そこにマジョリティに都合のいい「自己責任論」「正気」のものさしをあてがうことは、誰にとっても自滅的な行為です。誰得かよって、誰にとっても害悪でしかありません。でも、あらゆる現状は岩のごとく動きません。

じゃあ、どうすりゃいいのよ? という質問を、時々講演等で受けます。そういう時、私は最近ではこのように答えるようにしています。

「正気と狂気の境界線はどこでしょうか。正気とは正義でしょうか。では、正義とは絶対的な価値でしょうか。だとしたら、ちょっと怖くないですか」

質問に質問で答えるスタイルです。自分で考えてみたら? ヒントはたくさん提供しましたよ、と。

当然ですが、街には多くの属性の人が暮らしています。その中にはもちろん精神障害者もいます。今、電車の隣に座っている人はもしかしたら精神障害者かもしれない。そんなことは、あってごく自然なことです。今ここで「うぇっ」となった方が万が一いたら、それはあくまであなたの中の「後づけドレッシングな無知」です。無知≒恥、という言葉も添えておきますね。

私は、精神障害者は施設や病院ではなくて地域で暮らすことはもっと確実に保障されるべきことと考えているし、多くの医療職・支援者・専門家が囚われている特権意識によって自尊心を好き放題に潰されている仲間がいることに怒りを覚えています。

けれど、反対! 反対! と言っているだけでもはじまらないので、「じゃあ、どうすりゃいいのよ?」を、障害者の仲間はもちろんのこと、(ごく)一部の「わかっている」医療職・支援者・専門家の彼ら彼女らとともに模索している最中です。

そんな中でも、台風が来たらしっかり狂気に身を預けられる、そんな夫に惚れ直した嵐の日曜日。あなたの隣に私、私の隣にあなたがいる。それだけでもう、いいんじゃないかって思わせてくれるほどのひどい狂いっぷりを、ありがとう。

なんだ結局いつものアレですね。好きなものは好きと言える気持ちはいつでも、ぎゅーっとしていたいですよね。ねー。

5.風穴を穿つ一撃となれ

「こんな社会だったらいいな」。誰もがその人らしく……を本気で行くのなら、私たちのような夫婦も自分たちらしく、狂っていて上等な、それを是認できるような社会であってほしいです。もちろん、私は誰がどこで「狂って」いてもそれは自由だと思っています。狂っていることを否定してかかるような価値観からは、ずいぶん前に足を洗いました。 

幻聴や妄想を薬でやっつけましょう、障害を軽減(消滅)させましょう、という中途半端な医学的(それすらあやしい)アプローチなんてのは、とうに終わった昭和の話です。

あれ、今ってもう令和じゃなかった? 社会が、社会を構成する一人ひとりが、少しずつ出せる力と知恵を差しだしあって、今の巨大な岩のような「偏見と諦観の塊」に、一刻も早くヒビを入れられたらいいな。小さな声でも集結したら、風穴を穿つ一撃になるんじゃないですかね。とか夢想してる。

止まってられるかよ。

【宣伝】書籍『#8月31日の夜に。(生きるのがつらい10代のあなたへ)』に掲載されました

お知らせです。このたび、毎日新聞出版さんから発行される「書籍『#8月31日の夜に。(生きるのがつらい10代のあなたへ)』に私の文章を掲載いただくこととなりました。

今日、自宅に献本として現物が届きましたので、こちらで宣伝と報告をさせてください。

『#8月31日の夜に。(生きるのがつらい10代のあなたへ)』

◆NHK「ハートネットTV」編、協力:note
◆仕様:四六判/ソフトカバー/208ページ/本文2色
◆定価:本体1,200円+税
◆発売日:2019年8月24日

発売は来週の土曜日です。もちろん書店などで予約・購入していただけたら嬉しいですし、身近にもしも生きるのがつらいくらいのつらさに直面している、孤軍奮闘している10代がいたら、ぜひ薦めてほしい一冊です。

私のパートもそうですが、執筆陣の「生きるのがつらい10代へ送るメッセージ」の熱量、想い、叫び、それらに類推する言葉では収まらないサムシング、ものすごいエネルギーです。それらをぜひ、たくさんの人に受信してほしいのです。

かつての10代の一人として、発信できる精一杯をぶつけました。ぜひ、お手に取ってみてくださいね!

「これが私の自由です」

夏休みに小学生たちの頭を悩ませるものと言えば、「自由研究」と「読書感想文」だと思うのですが、例にもれず私もそんな小学生の一人でした。

読書感想文は、「クレヨン王国」シリーズが好きすぎて、特に「月のたまご」はPART8まであったのですが、学校や市立の図書館に通い詰めて夢中で読破したほど好きだったので、「文部省推薦」(当時は「文部科学省」ではなかったのね)の本じゃなくても、自分が読みたい作品で書きたい感想を書く! というカワユイ意地からひたすら「まゆみの強さと三郎の魅力」について書いておりました。今でいう「推し」ですね。

あれこれ書くのは昔から好きだったので読書感想文はまだよかったのですが、私を深く悩ませたのが自由研究でした。今のようにキットが売られていたわけでもなかったので、非常に苦闘しました。

ここで、自由研究の内容の6年にわたる歴史をプレイバック!

1年生:身近にハムスターを飼っていた友達がいたので、「ヒマワリなどいろいろな植物の種を食べてみた」感想を、種のイラストとともに絵日記風に作成しました。「かぼちゃは なかなかの ものです」のように、若干海原雄山目線で記していたそうです。

2年生:紙粘土で「空想上の生き物」を作りました。翼が映えてて鱗があって足は4輪駆動。「陸海空オールマイティー」な「なにか」を生み出した記憶があります。お顔は、当時大好きだった「きんぎょ注意報」のぎょぴちゃんに酷似していました。

3年生:この頃から電車好きの素養があったようで、「一人で東西線を各駅すべて降りて、出口の東西南北を調べる」という、地味だけどインターネットのなかった時代だからこそ実現した試みでした。当時は「妙典駅」はまだありませんでした。

4年生:3年生時の実績に手応えを覚えたことから、「友達と二人で高円寺以西の路線を探検する」ことにトライしました。しかしながら、「行こうと思えば乗り換えて乗り換えて線路は続くよどこまでも感」におののいた私たちは、結局「三鷹駅」で引き返し、その代わりに周辺のおススメグルメをリサーチしました。

5年生:4年生時に一緒にトライしたその友達と、商店街を歩く主婦のみなさん100人に「出身地・この商店街に希望すること・夫への愚痴」を訊いた結果を模造紙にグラフでどーん!と書きました。集計したら108人だったんですがそれは煩悩とは無関係です。

6年生:この歳になってくるといろいろこねくり回してあれこれ考えてしまうお年頃じゃないですか(同意を求めています)。で、11歳だった私は気づいてしまいました。

「そもそも『自由研究』というのは自由に何かを研究せよということではなくて、『自由とはなにか』を『研究せよ』ということなのか……?」

ええ、それはもう面倒なお子様でしたわよ。

私はしばらく考えました。そうすると「自由とは」だの「研究とは何を指すのか」など、いまならGoogleでぺろっと調べられそうなことを、あれこれ図書館に通ったり周囲の友人や大人に聞いたりしてヒントを集めました。

合点を得たのは、夏休みに連れて行ってもらった那須のニキ美術館(現在は閉館)で出会ったニキ・ド・サンファルの芸術作品たちでした。

とにかくそのアグレッシブな色彩や常軌を逸した造形に圧倒され、ふと私は思い至りました。

「あ、これだ」って。

当時こそ明文化はできませんでしたが、自由というのは、「じ・ゆ・う」「jiuu」「freedom」という「言葉」を借りて存在する「概念」というおばけだから、それこそ「なんでもあり」で「なんにもない」のが「自由」なのかな? とか。

もちろん小学6年生の私が、やれ自由権規約だのカントだのルドルフ・シュタイナーを知っていたはずもないので、こういったことは「ふわふわとした、でも確かな感覚」として腑に落ちました。

そして夏休み明け、私が提出したのは一冊のまっさらなノートでした。

担任の教師は「これは、どういうこと?」と聞いてくれました。こちらが「ふざけている」「手を抜いた」などと頭ごなしに決めつけず、笹塚が何かしらの意図をもってこのノートを出したのだろうと考えてくれたのでした。

私は言い切りました。

「これが私の自由です」

あーーーーー

わーーーーー

もーーーーー

なんなん?

そうです。小6にして私の「こいつなんなん?」的な萌芽は、ぴょこっと始まっていたようなのです。その後案の定(?)ひっちゃかめっちゃかな道のりが待っていたんですから、本当に面白いもんだなぁと思います。

って、こうして今振り返ってみても、「自由研究」は夏休みのアクティビティとしてめっちゃ楽しかったし、それこそ「自由」なんだからキットとか既製品で済ませるのも自由だし、何を表現しても自由だし、子どもの可能性をぐいっと引き出すには最高な宿題だったよな、と感じています。

夏休みは残り10日間ちょい。自由研究でお悩みの皆さまがもしいたら、

「オリジナリティの高さ」「面白さ」「他人からのツッコミどころ(余白)」を「いかに楽しいか」という脈絡・基盤で企画してみたらどうでしょうか。

まぁ、どんなコンセプトでも「自由」ですから、楽しめばいいと思いますです。

今もしも私が何かせよと言われたら、安価の既製品のセーターを買ってきて、その編み目を分解して毛糸にして、その過程をスマホで録画したものを逆再生して「セーターを編んでみた(とされる)動画」を制作したいです。

それか、100均で置時計を買ってきてそれを分解する過程を録画したものを逆再生以下略。

なんだろう、「破壊と再生」的な心境なのかしら……。まあ、暑いしね!(関係ないね!)

それでは皆さま、水分ミネラルしっかり補給つつ、ほがらかな休日をお過ごしくださいませ。

4ヶ月近く美容室をサボっていた私が予約を入れたことに意義がある

うざバングってなんだ。ナチュラルなテンションで「ソバージュ」とか「ショート」と並んで「うざバング」という単語に出会った。それは、初めてドローンという言葉を聞いて「黒くてうねうねした一見不気味だけど心根は優しい新種のあやかし」だと思っててその実、黒いのは当たっててちょっと不気味なのも当たっていたけどそれ以外は全くの見当違いだったときの衝撃によく似ている。 

職場に、金髪ギラギラでヴィヴィアン・ウェストウッドが大好きで、でもそのブランドは高くてあまり買えないからそのあたりの系統の古着をめっちゃカッコよく着こなしているお姉さんがいる(ちなみにうちの職場は髪色をはじめとしてファッションが自由だ。いや、正しくは「なにかと自由」だ。ゆえに一人ひとりに自律が求められるが、それはそれで創意工夫の宝庫である)。スパイクとかラメとかがついている服をするりと着こなすその様は、問答無用で素敵だ。私は面白がって、書類を持っていくついでにそのお姉さんの服にゴテゴテついている金属の装飾等をつっつくのだが、それが日々の密かな楽しみである(そしてそういう時にまんざらでもない表情で「おーい笹塚シゴト邪魔すんなー」とか言いつつ、たまに私の頭をなでなでしてくれるので罪深い女性だと思う)。

そのお姉さんが、昨日突然髪の毛を真っ黒にしてきた。いや「真っ黒」というよりは「カラスの濡れ羽のごとき漆黒」といったほうが正確かもしれない。そしてその艶やかな黒髪に、うねっとウェーブパーマをかけてきたのだ。これは、ヤバめにいってヤバい。黒いウェーブに控えめながら要所はおさえているメイク、そしてチャコールグレーのワンピース……。

惚れてまうやろー!! というかもう惚れているだろー!!みたいな。

で、速攻で私はそのお姉さんの生まれ変わった艶髪を触りに行きました(コピーを取るついでという口実だったけど、コピーを取ることのほうがついでだった)。私の中指と人差し指にしなやかに絡む黒髪。うう、これは素敵だ。素敵すぎる。むずむずと赤面する私にお姉さんは刺すような視線を私に向け、ニヤリと笑いました。

「なかなかいいもんでしょ」。

っあああーっ!! はいっ!!(こうして人は堕ちていくのだよ)

というわけで明朗行動・単純明快・シンプルイズベターを地で行く(それ以外の生き様は知らん)私めは、さきほど自宅の近所の、いつも仲良くしてくれている美容室に予約を入れました。その美容室は個人経営で、イケメンパパ(マスター)とゆるふわ癒し系ママが二人三脚で経営しています。ママは私とそんなに年齢が変わらないらしいのですが、「子どもが反抗期かも! ちょっと早過ぎないっ?」とか(お子さんはまだ小学校低学年)「駅の北口に新しいカフェができたみたい! クーポンもらったんだ~」とか、私としては非常に有益な情報交換ができる仲です。個人的に90年代カルチャーの話ができるのが嬉しい。

で、予約を入れたんですね、メールで。今週末にカットとパーマをお願いしたいと。そうしたらマスターから返信で、「パーマっていってもいろいろあるけど、どんなの希望?」と。「パーマ」といって私の思い描くものが相手にそのまま伝わるわけがないのは、もしかしたらバーバルコミュニケーションの限界なんだろうか(たぶん違う)。

というわけで、マスターに説明するために、とあるビューティーサロンのサイトを勉強として眺めていました。そこでエンカウントしたのが、冒頭の「うざバング」です。気になって調べてみるのですが、私は自他共に認める「検索下手」なので、無尽蔵に出てくる情報の取捨選択に疲れ、「知らないことが多いほうが世の中楽しいよね」と自己暗示をかけてしまったために「うざバング」の定義はいまだに知らないままです。「うざバング」があるのなら「うざくないバング」もあるということだろうか。その場合はわざわざ「うざくない」という表現を使わず「バング」と表されるのだろうか。つか、バングって何だ。そしてそれがうざいってどういう状態だ。なんでわざわざ時間とお金と美容師さんの技術・労力を費やして自分をうざく演出するんだ。わからない。わかんなーい! いいんですいいんです、おそらく今この瞬間もっともうざいのは、なかなか収束してくれない思考回路を手なずけられない私自身なのでしょう。くすん。。

で、結局疲れてしまったのでマスターには「髪の毛の長さはあまり変えることなく、強めのウェーブをかけてほしいです」と伝えました。するとマスターから衝撃の返信が。

「ご来店時に髪の状態を見せてもらった上で、直接相談しましょう」

わー!! コレ割と最初の返信で書いてほしかったやつだ!!!

いいんですいいんです(今記事2回目)。それで解決するなら別にいいんです!(と、また自己暗示に取り掛かってみる)というわけで、今週末は時間を工面して久々に美容室に行くことにしました。職場のお姉さんみたいにはなれなくても、「気分を上げる」意味で、私としては超重要イベントなのです。

いやー、以下はわかってくれる方に伝わったら嬉しくて笹塚感涙モノなんですが、インターネットのヘアカタログって、見たときは「コレいいなー」って思って美容師さんに「この髪型にしてください」ってお願いして、その通りのオーダーが通ったとしても、仕上がって鏡を見たら「なんか違う……」ってなりません? あれね、理由はたった一つなんです。カットモデルさんがみんな自分よりとてもかわいいからなんです。あ、当たり前的な? だから何、的な? そうだよね、そうですよねー。ごめん。

いいんですいいんです(3回目だよー)。職場のお姉さんみたいにシュッとした無敵オーラが出せなくても、モデルさんたちみたいにかわいくなれなくても、4ヶ月近く美容室をサボっていた私が予約を入れたことに意義があるんですから(クーベルタンが生きてたらハリセン食らいそうな発言)。

あと、何はともあれ放置された前髪が私の視界をなにかと阻んでくるのが不便です。以前、節約目的でセルフでチョッキンしたら悲惨な結果を招いたので、今では前髪カットも美容師さんにしてもらっています。前髪カットだけならワンコインなんですよー、しかもタイミングが合えば(他に待っているお客さんがいないとか)、ゆるふわママさんとほっこりお茶もできるんですよー。

今回は通常カット+パーマなので、諭吉さん一人と英世さん数人とはサヨナラの予感ですが、気分上げるのってプライスレスじゃないですか(キラキラと堕ちた目を今まさに、あなたへ向けています)。

なんだっけ? あ、そうそう「うざバング」ね、よくわかっていないんだけど、たぶん私には似合わないと思うの。あと20歳くらい若くないと似合わないとか(でも仮に自分がローティーンだったとしても選ばない気がする、言葉の響き的に)。って、ここまで書いておいて週末にマスターに「じゃあ、うざバングとかどう?」って提案されたら「あ、それでー」って流されるほどには、私は意志の弱い人間です。

全部ぜんぶひっさげて堂々と

(※長いです。ライフヒストリーという名のオバさんの自分語りの域は出ないと思いますが、今現在、仕事することや生きづらさを感じている人へ送る、私なりの精一杯のエールです。なので、ご一読いただけると嬉しいです)

初夏の陽気に包まれた霞ヶ関界隈を歩くと、日比谷公園に歩き着いた。萌える新緑たちに直射日光から守ってもらいながら、気ままに散歩をする。

ランチは少し前に、近くの駅ナカのコーヒーショップで適当にサンドイッチを食べて済ませた。そういう気分だったから。

会議の開始まではまだ時間がある。少し遠回りでもしてみるかと、あちらこちらを歩いてみると、色とりどりのツツジが咲いていたり、ありんこが列をなしていたり、ふと見上げればまるで真夏のような入道雲がもくもくと顔を出していたり、普段の仕事(内勤)では出会えない光景をたくさん見られて、なんだか贅沢をした気分になった。

とかなんとか悠長に構えていたら、割と会議開始ギリギリの時間になり、地味にヤバくないか? と自問しつつ、目的の会議室がある、とある中央省庁へと向かった。

……つもりだった。

結論から言えば、迷った。霞ヶ関周辺はどこも建物だらけで(そりゃそうなんだけど)、私の探している省庁の名前がなかなか見当たらない。ふらふら歩きまわっているうちに、「国家公安委員会」という仰々しい字体の看板に遭遇し、何も悪いことは(たぶん……笑)していないのに、入口に木刀のようなものを構えて仁王立ちしているガードマンが怖くて、ドギマギしてしまい、そそくさと通り過ぎた。

ところが、残念なことにそのガードマンを通り過ぎた直後に、目的の会議室がそこから引き返さないとたどり着けない場所にあることが判明。がーん。私はまたしてもガードマンの前を通らなければならなかった。早足でぎくしゃくと往復する私に、ガードマンの視線が刺さった、気がした。

けれどそんなことよりも、私は焦っていた。会議に遅れそう。そして調子に乗って歩き回ったら、とても喉が渇いてしまったのだ。建物の中でお茶などを買う時間はなさそうで、困ったなと思っていたところへ、なんと。

目的の省庁の入口付近に、その時の私にとっての「エンジェル」が現れた。すなわち、同じ会議に出席する予定だった、他団体の「お姉さま」である。

私は斜め後ろに件のガードマンがいることを忘れ、思い切り声を出して彼女を呼び止めた。

「Eさん! Eのお姉さぁ〜ん‼︎」

幸い、すぐに気づいてもらえたのですが。ふと気になって振り返ったら、ガードマンがめっちゃこちらを見ながら、なんか無線でしゃべってたんだけど、ひょっとして私は国家公安委員会に不審者認定されてしまったのでしょうか……。

ひょんなことから(この言葉使ってみたかったの)、アタシ、お国から追われることになったみたい☆

というのは冗談ですが、その後入庁してからもバタバタで、中に入るためのICカードの氏名が仕事上で通してる旧姓で登録されており、だから私は仕事用の名刺を警備の人に見せたのですが、「公的な証明書は?」と言われて、でも健康保険証とかその類は全部結婚後の苗字なので「ありません」と答えたら、

「あなた、本当にSさんなんですか??」。

ちょ、待てよ。

そうじゃなかったら、私は一体誰なのさ⁉︎

そもそも、名前ってなんだろう、公的な証明書ってなんだろう、その人がその人であるという証明とは……!?

とパニくりかけたところへ、先に中に入っていたEお姉さまが呼んでくれたらしく、中から会議の事務局を担っている担当者がやってきて、

「Sさ〜ん。遅いから心配しましたよ〜」

と声をかけてくれて、ことなきを得ました。ぬぬ、私が本当に「Sさん」なのかどうかは、他人からそう呼ばれることでしか証明できないものなのか……?

まぁいいんですが、中間的なオチとしては、会議出席者にはもれなくペットボトルのミネラルウォーターが、ご丁寧に紙コップ付きで用意されてましたとさ。よかったー。

さて、会議前にはド緊張をして、私は思わず夫にメッセージを送付しました。

「緊張するー!でも頑張る!」って。

会議は滞りなく進んでいたのですが、会議終盤にこっそり返信が来ました。意見交換が一段落したのでチラリとスマホを確認したのですが、以下、夫からの返信↓

「自分がGTO(Great Teacher Okamoto)になったつもりで頑張れ!」

……。

岡本って誰だよ!!!!

途端に咳き込み出す私、ミネラルウォーターによりHPが少し回復するも、ダメージが大きくて、結局笑いを必死に堪えるつらさを味わいながら議論に参加するというなんかもう出席者のみなさんごめんなさい、な体たらくでございました。

でもまぁ、無事に終わったので良かったです。今日もよく働きました。

という、長ーい前置きなんですこれ。

私は、「業界」を知らない人には説明してもなかなか伝わりにくい仕事をしています。今でこそ、「普段は事務所でパソコンの前に座ってるけど、時々大学の教壇に立ったり講演会で話したりしています」と、あたりさわりのない説明をするようにしていますが。社会福祉士や精神保健福祉士の資格を持っていると、そういう福祉系の仕事だと思われがちなんですけど、そこからグイッとディープな方面へ食い込んでいる、そんなお仕事です(ほらみろ伝わらない)。

日頃は「職場」でありながら、「職員同士」というよりは「仲間」として、わちゃわちゃと冗談(それもかなりブラックな)を言い合ったり、事務所のある街のランチ(ラーメンとカレーの激戦区なのだ)に繰り出したり、たまに夜ごはんで飲みに行ったりと、なんだかんだでとても楽しく仕事しています。

で。

私がじゃあ、社会人1年目からこんなに楽しいテンションで、半端ないやりがいにまみれて仕事をしていたか。

答えは超絶NOなのです。

経緯をすべて説明するとさらに長くなるので端折りますが、私は大学卒業間際に、どうにかこうにか精神科を退院することができました。

ところが、就職活動などとてもできないまま卒業を迎えたので、当然どこにも就職できないまま、実家に引きこもること数年の月日を、無為に過ごしました。

さらっと書きましたが、この時期ももう、本当にしんどくて、症状もまだ落ち着いていなかったので、パソコンを父に買ってもらってもインターネットには怖くて繋げず(繋げると自分の思考などが世界中に流出すると、本気で信じていました。それも典型的な症状っちゃ症状なんですが)、なんとなくワードやメモ帳を開いて、苦しい胸の内を吐露しては、なんとなく保存をし、数日後に同じファイルを開いて文字を追加したり削ったり。

あと、この頃亡くなった母方の祖父の家からこっそり持ち帰った「山羊の歌」(中原中也の詩集)を読みふけったり。なぜか自宅の本棚の隅でホコリをかぶっていた「寺山修司少女詩集」をむさぼり読んだり。

たぶん、九割がた、この頃のおかげで今も創作を続けていると思うと、もはや思い出が愛しいっす。

それでね、やれ同輩が国家資格を取っただの、どこどこに就職しただの、下手すれば後輩が結婚しただの、嫌でも耳に入ってくる情報に、それはもういちいちツラくなっていました。

あー

私、完全に終わってるわ。

とか思っちゃったりしてね。

でも、「ある事件」(これはちょっとほんと生々しいので、まだ自分の中で整頓して文章にできないから、機会があればいずれ……)を境に私は一念発起し、勇気をひねり出してインターネットに接続して求人情報を調べたり、ハローワークや「しごとセンター」に登録すべくめちゃ久しぶりに一人で電車に乗ったり、とにかく就職しようと、なりふり構わず行動しはじめました。

日雇いのアルバイトを渡り歩き、とにかく就活の資金を稼ごうともしました。この「日雇いアルバイト時代」も、それはそれでなかなか学びの多い時期でした。嫌な思いもたくさんしたけれど、お金以上にたくさんのことを考えざるを得なかった時期というか。

そうこうして、ようやく雇ってもらえたのは、実家から通える距離にある、とある精神科の単科病院でした。

働ける……!

やたらと時間はかかってしまったけれど、やっと、念願の社会人デビュー、でした。

でもね、この時の私は職場に肝心なことを隠していました。そう、「自分が統合失調症であること」をです。いわゆる「クローズ就労」というやつですね。わかる人だけ「あー、あれね」と思ってもらえればいいのですが、このことが後々に致命傷となりました。この頃の私はまだ心のどこかで、「私はいつか治るんだ」という、健常者至上的な幻想に取り憑かれていたんですよね。

私はその当時、精神保健福祉士の資格をまだ取れていなかったので、看護助手として雇われました。職務内容は多岐に渡り、とにかく「医療行為以外の何でも屋」でした。患者さんたちの食事の配膳と下膳、トイレ掃除、オムツ使用の方のオムツ替え、廊下や窓、風呂場や洗面所の掃除、洗濯物を畳む作業(洗うのは業者さんがまとめてやってくれた)と、持ち主への正確な返却、売店に買い物へ行く患者さんの付き添い、ゴミ出し、病院で飼ってた動物(⁈)の世話、患者さんたちのケアという名の監視(病棟出入り口や風呂場等々、あらゆる場所が施錠されており、職員はチャカチャカとその鍵を腰からぶら下げながら仕事してた)、その他もろもろ。なんかまだまだあったと思うけど、書ききれないや。

しかもその病院、朝はタイムカードの時刻を遅めに、夕方は早めに設定していたのです。つまり、朝は打刻される時間より早く行かなきゃ遅刻判定されて減給されたし、夕方は多少残業しても打刻されるのは定時前なので時間内とされていました。ザ・ブラックホスピタル!

その上、これは私の歪みきったフィルターを通しているので信じなくてもいいんですが、じゃあ他の職種、医師やら看護師、精神保健福祉士らが何をしていたかというとですね。私の目には以下のように映りました。

医師→たま〜に病棟に来て、書類(カルテ)にハンコをおして去っていくだけ。基本的にいない。たまにしか来ない割に、来ると偉そうに威張り散らしてました。

看護師→ナースステーションでひたすらおしゃべり(基本、患者や看護助手のディスりか、不在なら医師の陰口)か、看護日誌のネタを探して病棟内をうろうろ。たまに摘便(これもわかる人だけ「あー、あれね」でいいやつです)などの医療行為があると「マジめんどくせー」(原文ママ)とキレて、患者に八つ当たりは日常茶飯事。

精神保健福祉士→ナースステーション内でハーブティーを淹れて「やだ、美味し〜い!」とウットリしたり、医療連携室(医療相談室とも言うね)から一歩も出ずにインターネット検索やらチャットやらソリティア(懐かしいな)やらを嗜み、看護助手などが用事があって部屋に入ると顔も合わせずに「その辺に書類、置いといてー」。個人情報満載の書類が、そこかしこに放置されていました。

もしかしたら身に覚えのある方もいらっしゃるかもしれませんが、医療職の世界って非常に閉じた現場でして(もうずいぶん前だから、劇的に変わっていることを願うけれど)。さて、そこでは何が起きるでしょうか。

格付け? マウンティング? 下劣な噂話? 嫌味・嫌がらせ? 当てこすり? カースト的な?

それらはもう、全部横行していましたよ。そんな環境の中で、それでも「やっと就職できたから」の思いひとつで、頑張って頑張って、自分の障害はクローズだったからもちろん何の配慮もされず、障害ゆえに体力的に著しい不利があることなど当然カケラも汲んでもらえず、それでもなお、

「こんな私を、雇ってくれたから!」

と、我慢の上に無理と我慢と無理と我慢を重ねまして。ダメなミルフィーユ完成ね。

ある日の午後、廊下のモップがけ作業中のこと。自分のノロマな所作を通りすがりの看護師に笑われた瞬間、ついに私は見事なまでに派手な発作(強烈な幻聴から「かみさまの操り人形」状態に陥落、その恐怖のあまり金切り声のような悲鳴を上げた直後に意識を消失)を起こしました。

私はただでさえ他の職種からはヒエラルキーの下の下に見られていた看護助手でしたから(そういう、頂点に医師がいて、その下に看護師や精神保健福祉士、その他作業療法士や理学療法士などの専門職、その下の下に看護助手という名の何でも屋、そして最底辺に患者……という構図は大嫌いというか、ガチめで蔑みます。簡単に書くと、私の現在の仕事はそういうものをぶっ壊すためのもろもろの活動です)、それが生意気にも障害をクローズで、つまり職場を欺いて働いていたとは、とんでもない話だったようで。

(えっと……でも採用時の最終面接では院長との面接があったんですが……まぁ見抜けないものはしょうがないんだけど……今思い返すとめっちゃ笑えるわ……)

それから嵐のように始まった、看護師長をカシラとする職員たちの無視、暴言、嫌がらせの数々。具体的に何があったかはご想像にかたくないと思うので割愛しますが、私がそんな環境に耐えられる訳もなく。

私は、自尊心をまたも(と書くのは、中学時代&精神科入院時代に経験していたので)ズタボロにされ……。そこからちょいと記憶があいまいなんですが、気がついたらまた、自宅の自室のベッドで日がな一日、天井を見つめる日々に戻っていました。

それで、えーっと、ここまででかなり長くなってしまった。私が医療従事者や福祉専門職を信頼できない根幹には、このあたりの経験があるのかしら。

そこから、いろいろあって(急にざっぱくだね!)、縁あって今の職場に出会ったんです。

「いろいろ」とまとめましたが、これはもう、「縁」とか「運命」としか思えないんですよ。出会うべくして出会った場所。私が今まで食らってきた恥や傷や痛みや悔しさなどなどを、まるごと受け止めてくれた場所。障害のある自分をようやく「あ、私は、ありのままでいいのかも」と、受容する端緒をくれた場所。

それが、今の職場なのです。今や障害者として活動しているので、病気が下手に治っても困る(笑笑。

ここで強調したいのは、職場が変わったところで、単純な道には迷うし会議中にスマホのメッセージアプリはチェックするし(ごめんなさい!)、非常にボーッと生きているという「基本スペック」または「スタンス」を、私自身は全く変えていない、つまり私は私らしく、なんとなーく、でも常に本気で生きてきたので、たぶんこれからも不器用さMAXなスタイルで、なんとなーく生き抜いていくんだろうな、という点です。ブレてない、んだと思うんだ。変えられないし、変えたくもないし。うん。

で、ここまで書いておいて結局何が言いたいのかというと、

・合わない職場からは早めに逃げるが吉!
・遠回りや理不尽な処遇に遭うことや苦労は少ないに越したことはないけれど、もしも経験してしまったとしても、乗り越えられたらすごい鍛錬になる(若いうちの苦労は買ってでも……とは言うけど、その言葉のわかりみも強くなる。将来に活かすための経験の貯金ができた、くらいに自然体で思えるようになる)
・いつでも何度でもやり直しができるという可能性を自分から捨てないでいると、拾う神がかなりの高確率で現れる
・運命をそこそこ信じて、あらゆる縁は本気で大切にする

ということです。これを書くまでが長かったね! ふー。ここまで読んでくれたそこのあなたにも、ちゃーんとご縁が、あるようですねー、とか言ってみる。ふふふ。

いやー、社会人1年目の頃には、今現在のこんな楽しい日々に出会うなんて、まるで想像できなかったよ。なんだかんだで、あーもう、生きててよかったーっ!ぷはーっ(乾杯!!)

取り留めのない長文を読んでくれて、ありがとうございます。そんなあなたに感謝を伝えるために、このnoteのシメに、以下の言葉を掲載する形で今日は終わろうと思います。「あなた」には好きな言葉を入れてみてください。

あなたに逢えて、本当によかった。
心の底からそう思える日を、
あなたと迎えられてよかった。
恥と傷と痛みと悔しさ、
全部ぜんぶひっさげて堂々と、
明日もあなたと、生きていくぜ。

ではではー、そろそろ私、お風呂に入って寝るですよ。サンキュー、グッナイ!

裏の裏って表じゃなくて表3じゃないの?

小説や漫画の巻末に「この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは 一切関係ありません。」と記されていることって、実はとても優しいことなんじゃないかと思う。

小説や漫画の中で傷つけられたり、レイプされたり、殺されたりした人たちの痛みや悲しみや苦悩や無念なんて、全部嘘なんだ。傷つけて、レイプして、人殺しをした人たちだって、本当は存在しないんだよ。

そういうのは読者が好きなように消費して、気が済んだら資源ゴミとして捨てるなり古本屋に売るなりすれば良いのだから、まあ、私がずっと抱えているもろもろのもろもろも、「そういうこと」なんだろうな。

なるほど世の中とてもうまいことできてる。その「うまいことできてる」仕組みからどうしてもはみ出してしまう私に、「皆さん」はスナック感覚で「不良品」のラベルを貼って去っていく。それ、どんな味がした? 蜜の味みたいな? って一度きいてみたいと思ってるんだけど、誰一人として「私が貼りました」って名乗ってくれる人はいないんだ。「責任の所在をうやむやにする方法」「お互いの首を絞めあう人々を安全地帯から傍観するコツ」「無難とはつまり至上である」、このあたりは、そろそろ教科書に載りそうな雰囲気だよね。

「数の多さ」は「正しさ」とほぼ同義だそうで、だから「皆さん」は厳然たる正義なんだって。だからその正義にそぐわない私は「悪」とされて、「悪は排除されて然るべき」という理屈に寸分の疑義も唱えない「皆さん」が、今日もインターネットの海辺でレジャーシートを広げて綺麗な合唱の練習に励んでる。それはとても美しくて素敵なこと(とされている)。

棺おけに片足を突っ込みながら「美辞麗句」って辞書で引いたことあんのかよ!!なんて叫んだってさ、「皆さん」には無様にしか映らないだろうし、適当にスマホで撮影されてSNSとかに上げられて「ほんと草」で終了でしょう。「お約束」とか「テッパン」とか、そういうわかりやすいテンプレは決して否定しないけど、面白いとは1ミリも思わない。今頃すでにイイカンジに忖度済の最新版が神保町の三省堂に並んでいるんだろうか。

本当のことを見たり考えたり思い出したりしようとするとネ、前頭葉とか海馬あたりがキュッとするんだ」ってのも、きっと嘘なんだね。だってそもそもが作り物の世界なんだし。ある意味で出オチなんだよね。なんでもっと早く気がつかなかったんだろう。あ、馬鹿だからか。それ以外の理由が思いつかないほど、私は馬鹿なんだったー。

拍手喝采が全く起こらない一人舞台から引きずり降ろされて、スポットライトの当たらない場所まで連れて行かれて、優しい「皆さん」に私はこう忠告されました。「弱いものは弱いまま、弱いなりに生存の継続に感謝するべきです。口答え? 死にたいなら自己責任でどうぞ」

ん、それも嘘なんだろうか。

高尾山に濃い霧がかかっていた日があって、散歩しながら、天狗ってあの辺に住んでいるのかなーってなんとなく指をさした先で「皆さん」が朗らかに笑ってた午後に、(平和だな)っていう、極めて心地よい幻影に遭遇しました。

嘘つきのご機嫌取り合戦を勝ち抜いた人が偉いんだって。クスクス。

それで?

参加するなら参加賞くらいあげてもいいよー。キャハハハ。

いらない。

「クズ」「勘違い」「●ね」……。私はたまの暇つぶしに、足元に散らばっている自分に付けられたラベルの文言に目をやる。ちょっと惜しいなーとは思う。私だったらもっとシンプルな言葉で、私なんて一撃で仕留められるのに。私の急所は私にしかわからないから仕方ないんだけど、うーん、それにしたって、もう一捻り欲しいところです。や、別にいらないけど。これはフリじゃないからね。……っていう注釈にまみれた世界は、私のような馬鹿にも(今のところ)生存権が認められているという点で、つくづく優しいなと思う。

しょうがないよね、自由を求めれば呼吸が苦しくなるし、ゴキゲンよくニコニコしていれば阿呆だなんだと妬まれるし、「正しさ」を疑えば「悪」のラベリングをされるし。「皆さん」でチカラを合わせてそういう世界を創ったんでしょう、素晴らしー!

私の心を鷲づかみにするようなサムシングなんてのはどんどん潰されて、消去されて、なかったことにされていく。心の中に小さな墓標でも建てるのにさえ、そのうち規制がかかるんだろう。最新技術でワルイヤツラの思考はお見通しだ! みたいな。はは、こわ。

いや知らんけど。被害妄想で終わって欲しいとは思うけど、私もね、無責任だから。わー、「皆さん」とお揃い!

「この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは 一切関係ありません。」

そんなことはハナっからわかっているよと言わんばかりに「皆さん」は、その「優しさ」を気に留めることもなく表紙を閉じる。誰が何と言おうと間違いなく、この世界は正しくて優しい。そしてその正しさと優しさに殺されかけている私こそがちっぽけな「エラー」なんだろう。歪んだピースなんて、「正しくて優しい世界」にとっては邪魔だから。

嘘の嘘は本当だ、という嘘。がそもそも本当ではないという、冗談?
面白くないからやめて。
「その嘘、本当?」って質問したらさ、「皆さん」は怒っちゃうんだよね。うん、そんなことはわかってるから、二度ときかないよ。

もう心のままに好きなだけ叫べるんだ、
みんな大好き!
みんな愛してる!
心の底から、ピース!ピース!ピース!

全部、嘘。

「この散文はフィクションであり、実在の人物及び団体とは 一切関係ありません。」

「このアカウントはフィクションであり、実在の人物及び団体とは 一切関係ありません。」

「この認識はフィクションであり、実在の人物及び団体とは 一切関係ありません。」

オッケー! ぜんぶ知ってた。私は全然大丈夫だから、笑ってもいいよ。

それは私がきっぱりと否定しておく。

こんばんは、笹塚です。今日は、気まぐれに自分のお仕事のお話などをしてみようかなと。何もかもを書くわけにもいかないので、普段の業務内容にオブラートを5重くらいかけて、つれづれに書けたらと思います。

私は職業柄、人から相談を受ける機会がよくありますが、そのほとんどは(障害者福祉に関する)法律や制度、サービスなどについてです。よく「相談を受けています」と言うとカウンセラーのようなイメージを持たれることも多くて、その都度「いえ、かなり違うんですー」というのを説明してきたのですが、そろそろ億劫になってきたので、もう少し認知度が上がってほしいなーとは思うけれど、小学生とかが「なりたい職業ランキング」にランクインさせるような社会にはなってほしくないよなー、という、そういうお仕事です(やっぱり正確には伝わらんよねー仕方ないけど)。

でも、たまに「ザ・相談」のような、相手のメンタル面に深入りせざるを得ないような場面もあったりして。仕事である以上、断るわけにもいかないこともあって、だからそういった時には、私は徹底して気をつけていることがあります。

それは、「法律や制度、福祉サービスに関する情報提供の場合を除いて、相手に決して助言しない」ということです。

相手の話を傾聴していれば、確かに「もっとこうしたら?」とか「こう考えればいいのに」とか思う瞬間もあります。私も人間ですので(それもたぶん、相当未熟な部類の)。

でも、そこで自分が専門家だからとか有資格者だからとかいって、不用意に相手の話を遮って持論を展開したり知識をひけらかしたり、「それは要は、こういうことでしょう?」と相手の話やナラティブを要約したり(これは本当に失礼)、「こうすると良いですよ」なんて知った顔で言うことは、絶対にしちゃダメだと思ってて。

なぜ私が助言を避けるか。それにはいくつか理由があります。

①人は自分の抱える問題を自分で解決する力を本来持っている

まず、相談者には自分が抱える課題(葛藤や抑圧、どうしても整頓しきれない感情面のモヤモヤなど)を、自分の力で解決する、すぐに解決できなくても、そちら方面を向くきっかけのしっぽを掴む力があります。それを私が「助言」することで、「本来の力に気づく」ことを著しく阻害してしまいます。相手がそうした力を持っていると信じていることが大前提にあれば、「助言しよう」なんて発想はまず出てきません。

②責任の所在があやふやになるような行為は避ける

次に、万が一私が「助言」したとして、その「助言」とやらを相手がどのように咀嚼してくれるのか、その結果と化学反応的な変化は、誰にも予見することができません。受け取った相手が、果たしてちゃんと「助言」に対してクリティカルになれるのか、という不安もあります。下手すると丸のまま飲み込むかもしれないし、それで喉元が詰まって窒息してしまった場合(メタファーだよ)、誰にも責任が取れません。責任の所在があやふやになるような行為は、避けなければなりません。誰かしらの人生の難しい場面に、程度の差こそあれ介入するのであれば、そのことをわきまえるのは当たり前だと考えています(もしもそれで何か問題が起きた場合、こちらが責任をひっかぶるのは、相談した当事者から「責任を果たす」権利と義務をひっぺがすことにもなります。それは相手の尊厳を傷つけかねない行為です)。

③不可侵な領域に土足で上がりこむべからず

相手の話を傾聴して私がふと感じる「もっとこうしたら?」とか「こう考えればいいのに」という思いは、あくまで「笹塚心琴」という個人のフィルターを通して浮かんだ考えに過ぎず、どこまでいっても私の主観の域を出ません。つまり、相手がこれまで考えてきたことや苦しんできたことに対し、さも知った顔で「こういうことですよね」と伝えることは、たとえ相手のパーソナルヒストリーの全時間を知り尽くしたところで(そんなこと不可能だし)、不可侵な領域に土足であがりこむのと変わらないんです。有り体に言えば、

お 前 に 何 が わ か る

ということです。

私は逆の立場(相談する方)も今までさんざん経験しているので、そこで出会ってしまった「あ、ちょっと無理なんだけど」と感じたSWたちから、上記3点を反面教師として学びました。転んでもただは起きないスタイル。転んだら何かしら掴んでから起き上がるスタンス。うぇーい。

***

かたや夫は、人の地域生活における権利擁護や人権意識に根差した諸活動、そして直接的な相談支援を仕事としているので(でも、いわゆる「カウンセラー」ではないのですが)、しばしば色々な人から「めっちゃ優しい」とか「真の癒し系」とか「穏やかな紳士」とか言われるらしいんですが、

それは私がきっぱりと否定しておく。

あの、きいてくれますか……今朝こんなことがあったんですよ……。

ふたりで今ハマっている、NHKの朝ドラ「なつぞら」あるじゃないですか。そのオープニングで流れるスピッツの「優しいあの子」って歌、ありますよね。いい歌ですよね。草野マサムネの柔らかボイスでほんわかしますよね。しますよね? 私はしたんです。ええ、今日の朝までは。

朝のめちゃくちゃバタバタする時間、今日つけていくピアスをどれにしようか真剣に悩んでいる私に向かって(化粧は手抜きなわりにピアスは大好きなのだ)、朝食後の食器を洗いながら夫がこんなことを言ったんです。

「ねぇ心琴、脳内で構わないから、『優しいあの子』を長渕 剛の声で再生してみてごらん」。

……。

……――っあああああああああっ!!!

なんてこと言ってくれんだよ!!!!!

唐揚げにレモンをかけるという行為が不可逆であるように(fromドラマ「カルテット」)この世には取り返しのつかない事象があるだろうがあああああああああああああああああ今度から「なつぞら」観るたびにオープニングで屈強な男たちが重い扉をぐいぐい筋肉で押し開けるのを想像してしまうでしょうがあああああああああああああ

あ。

でも長渕剛はすでに「ぴいぴいぴい……」を連呼する歌を発表しているから、「優しいあの子」の「ルールールールー♪」部分は案外、しっくりくるかもしれない……ああ、ろくなもんじゃねえ。

え、何の話だったっけ?

笹塚が相変わらずマイペースだって話だったっけ?

そっか、じゃあ、えっと、そういうことでしたー

対偶を否定すると元の結論も否定されることとは無関係の告白

失敗は成功の母とはよく言われるけれど、世の中、過ちを犯してはマズい場面もそこそこあろうかと思う。失敗がイコール過ちなのかという指摘は今回は放念してほしい。

職業柄、私たちは人々の人権や尊厳に直結するような相談や事例に向き合うことも多く、それゆえ「ここではミスはできない」というプレッシャーや責任感をひしひしと感じながら一つひとつの仕事に従事している。

私と夫は職場は異なるが、同じ業界の先輩後輩でもあるので、土日でも必要に迫られれば仕事に関する相談対応などをしなければならないことがある。ビジネスライクで綺麗に区切れるほど、人の人生というのは単純ではないし、営業時間外だからといってSOSから耳を塞ぐのは、私たちの矜持に反することだからだ。

しかし正直、心がうまく休まらないと思ってしまう時もある。それは夫も同じのようで、今朝は二人して見事に寝坊し、危うく収集時間を過ぎて生ごみを出しそびれるところだった。この時期の生ごみ出しそびれはかなりシビアな生活環境を生み出すため、間一髪で収集に間に合ったからおそらく今日もいい日なんだと思う。

もちろん、失敗や過ちを犯すからこそ人間らしいのだ、という視点も一応はわきまえている。しかしながら、私のちっぽけなプライドが「間違えることそのもの」を、ひどく恐れていることも事実なのである。

……ここまでは、これより綴る告白に対する予防線に過ぎない。いちいち保険をかけないと己の気持ちの表明すらできないという意味で、私はとんだ臆病者なんだと思う。それをどうか赦して欲しい。できることなら人助けだと思って、少しでいいから笑ってほしい。午睡のお供にピッタリであることは間違っていないと信じている。

① まあそうだよね

少し前の話だが、都心の病院へ通院したときにランチをしようと病院近くの喫茶店を探していた。その地区の町内会の掲示板がふと目に留まる。そこには、「●●二丁目町会 今月の推し」と書かれていた、と思った。掲示板には数名の落語家の顔写真が貼られていたので、なるほどさすがは23区、表現の新陳代謝が活発なんだろう、ちなみにこの町内会は誰推しなの? と、もう少し接近してもう一度よく見てみたところ、そこにはこう書かれていた。

「●●二丁目町会 今月の催し」

あー。あーあー、なるほどね、まあそうだよね!

② 誰

ラッシュ時の山手線に乗ると、ほんのりパニッシュメントの香りがするのだ。幻臭か? もしそうだったら新しいスキルゲットだぜ。その日は寝不足気味だったため、ややクラクラしながら満員の山手線で必死につり革にしがみついていた。大崎駅で降りるので、それまでの間、少しの辛抱だ、と自分を鼓舞しつつ、でも頭はいつも以上にぼーっとしていた。それにより、私は奇跡を目にすることができたのである。虚ろな私の視界に飛び込んできたのは、山手線では見たことのない駅名だった。

「佐々木」

え……?

誰……!?

数秒後にそれが「代々木」だと気づいた時の、ぎゅうぎゅう詰めになっている車内にも関わらず、こっぱずかしさを他の乗客の一人としてシェアできない孤独感を、果たしてご理解いただけるだろうか。私はあまり視力が良くないため、普段はコンタクトを入れているのだが、最近ではものぐさ加減に拍車がかかり、その工程すらスキップするようになった成果ともいえよう。

③ そっちじゃない

職場の仲間(Aちゃんとする)と、友達夫婦が経営している喫茶店に遊びに行くことになった。喫茶店のマスターのパートナーが私の直接の友人(Bさん)で、そのBさんにAちゃんを紹介したいという意図があったのだ。

私は確かにAちゃんに伝えた、「目白駅の改札で待ち合わせね」と。ただし口頭で。

文字情報の重要性と、LINEすら面倒くさがる自分のナマケモノぶりをこの時ほど後悔したことは、まあたくさんあるんだけど、でもやっぱり「目白駅」という文字面を、Aちゃんに見せるんだったとかなり後悔した。

待ち合わせ時間になってもAちゃんが来ない。でもAちゃんからは「着いたけど、心琴どこにいるの?」とLINEが届く。はて、見回してもAちゃんの姿は見つからない。どうしたものかとオロオロしていると、聖賢なBさんから助け舟というかまさにそれな的なLINEが届いた。

「まさかAさん、『目白』と『めじろ台』を間違えてないよね……」

アー (´Д`*)

それだーー!!!!!

ああぉぉあ、ごめん私が口頭で済ませたせいだぁーと思ったけどAちゃん曰く「いやー心琴が口にする『メジロ』なんて、どう考えても京王高尾線のほうだろうって思って(てへぺろ)」

これだから23区民は嫌だよ!!(偏見+勝手な劣等感)

でも、この間違いが災い転じて福となった。予定していた時間よりかなり遅れて閉店間際に入店したために貸し切り状態が実現し、AちゃんにはBさんだけではなく、Bさんの旦那さんであるマスターも紹介することができたのだ。終わりよければなにかとよし、である。

ついでにもう一つ私の偏見を披露すると、マンデリンのブラックを好む人間に悪い輩は存在しない。

④ ?

「私さー、ホラ、あの有名な、尊い場所でやってる例のイベントに行って、スタンプ集めたいんだよねー」

「結構集まってんだよ、こう見えても」

居酒屋で、私の一番付き合いの長い親友含め5名でわいわいと食事をしていて、私もみんなも少しパリピ方面なノリ(つらい)でおしゃべりに興じていたときの一幕である。

その親友は、現役バリバリでコミケなどに出まくる猛者(来月のコミックマーケット96へのサークル参加が決定したためにテンション急上昇中)なので、てっきりそういう方面の話かと思っていたのだが、その場に居合わせた夫がこう通訳してくれた。

「もしかして、高幡不動尊で護摩修行して御朱印を入手したいの?」
「そうそうー」

そうなんだ!?

<模範解答>
尊い場所=高幡不動尊
イベント=護摩修行
スタンプ=御朱印

わかるか!!

なんだか夫に親友同士の聖域に踏み込まれた気がして悔しかった……と書きたかったけど、もしかしなくても夫と親友は似たような属性の人種なのかもしれない、だからこんな私と一緒にいてくれるのかもな、と考えたらそのこと自体がめちゃくちゃ尊くしかなかった旨を報告しておく。

⑤ 絶対に間違えちゃダメなやつ

ここのところ大流行中のタピオカドリンク。タピオカを食すことを巷では「タピる」と表現するのだそうだ。

先日、ついに私の地元にもそれっぽい店が駅ナカに誕生したという情報を、夫の職場の人が夫に伝えてくれたらしい(業界こそ同じだが、夫は地元密着系の団体、私は華麗に都心まで通っている丸の内系OLである←)。

ある日の仕事帰り、私のスマホに衝撃的なLINEが届いた。

夫 : タヒりた~い

ええええええええええええええええええええええ

どうした!? 何があった!? ちょ待てよ!!!! とは、さすがに都営新宿線の車内では叫べなかったよねー以下略。

⑥ どうでもいい

繰り返しになるが私と夫は同じ業界で働いているため、機会こそ少ないが同じ会議に出席することがある。私は仕事上では旧姓を通しているため、会議出席者の中には私と夫が夫婦であるということを知らない人もいたりする。

ある日の会議終了後、別の団体に所属する壮年男性が、ニヤニヤしながら夫に話しかけてきた(その近くの席で帰り支度をしていた私がパートナーだとは、その人は知らなかったらしい)。

「いやー、笹塚さん(紛らわしいが、ここでは夫を指す)、ずいぶんと丸くなっちゃったんじゃないですか? かつての『多摩の狂犬』も、ケッコンしたらすっかり歯牙を抜かれちゃったみたいですねぇ」

(o゚Д゚o)

だっさ!!!!!! ごめんでもだっさ!!!!!!!

当然、そんな輩を相手にすることはなく、夫は素知らぬ顔で会議室を後にした。終了後は駅前のタリーズで待ち合わせることを事前に決めていたので、私も足早に(しかし周囲に露骨に映らないようカモフラージュしつつ)後を追った。

アイスコーヒーを一口飲んで開口一番の私。

「単刀直入にきくよ。『多摩の狂犬』って何?」

夫は険しい顔で首を横に振る。

「周囲が勝手にあだ名をつけて呼んでただけだよ。それに『多摩の狂犬』ってのは間違いだし」

「あ、そうなの? あーそうだよね、ああなんだビックリしたよ、だってあまりにも何のヒネリもないネーミングなんだもん。そもそも『多摩の狂犬』って、ちょっといくらなんでもださすぎるし」

「正確には『多摩の狂犬』じゃなくて、『多摩地区の狂犬』だったんだ」

だっさ!!!!!!!!!!!!!!

「わからない」

世の中には私の理解など遠く及ばない事象がゴロゴロ転がっているのはわかっている、つもりだった。私が認識している景色、たとえば風の匂い、空模様の移ろいとかいろいろあるけれど、私の横(主に右側)には7年近く前からずっと彼がいて。たくさんのことを一緒に経験したし、今だって現在進行形で力を合わせて立ち向かっていることもあるから、てっきり私と彼は、同じコトモノを同じように捉えているのだと、そんな錯覚をしていた。 

よく考えなくたって、彼は私より年上で、年の差だけ長く生きているし、それこそ私の想像などとても及ばない地獄を生き延びてきたし、彼が自ら己の傷やトラウマなどについて人に話すことも滅多にない。彼の経験は断片的にしか知らないので、たとえ私が彼の生涯のパートナーであろうと、彼の認識を共有することはできないし、してはならない。そんな、至極当然なことを、私は長らく見誤ってきたみたいだ。 

ただ、厳然たる事実として、私は今、彼の一番そばにいる。私自身、何の自慢にもならないくらいに情けなくてアタマワルクテ弱くてボロボロの心を引きずりながらも、気がつくと彼のとなりで「えへへ」と笑っている。 

私は彼の「ほんとう」を、まだ知らないのかもしれない。そしてこの先ずっと、どんなに一緒いても、知ることは叶わないのかもしれない。でも、それでも全然構わないのだ。私は私を好きでいてくれる彼が大好きだし、彼が万が一、私を嫌いになっても私は彼を好きでいられる自信がある。彼にだけは嫌われたくないし、彼の嫌うような人間にはなりたくないけれど。

以上を脳の片隅に置いた状態で、以下をお読みください。 

【夏の特選!ぐだぐだミステリ】
◯第一回 「わからない」

私、前々から不思議だったんですよ。いえね、私の友人の友人の話なんですけど……あ、この「友人の友人」って一周まわって私のことなので、まあ私の話なんですけど……。

正確にはですね、私の、ダーリンのことなんです。端的に言えば、「なぜ『それら』をスルーしてそんなにのびのびと狂っていられるの?」という、私の切実な悩みを聞いてください。

先日、私の地元の駅前の人混みがいつもより激しかったのです。何か特別なイベントでもあるのかな?と思ったのですが、どうも「ポケモンGO」の何かしらだったらしく、老若男女問わず皆さん、スマホの画面に夢中になっていました。彼が「あれは何?」と尋ねるので「ポケモンだよ」と教えました。

ところが、彼はこう呟きました。

「ぽけもん……?」

明らかに、「ポケモン」を認識していない口調です。

「ほらアレだよ、ゲームの、ピカチュウとかたくさん出てくる」
「……もしかして、ポケット・モン・スターのこと?」
「なんか若干区切りが違っている気もするけど、概ね合ってる」
「ピカチュウってあの、黄色くてかわいい生き物」
「そうそう」
「いろいろなトラブルが起きる作品」
「大抵の物語はなにかしらトラブルが起きるのでは」
「そして種々のトラブルを持ち前のかわいさで解決する話」
「それは違う」 

……もしかして、この人は本当にポケモンを知らないのだろうか? と私は驚いて、自分がポケモン映画の記念すべき第1作目である「ミュウツーの逆襲」が公開された当時、夏休みになるのを待ちきれずに一学期の終業式に私服をリュックに詰めてこっそり持ち込み、親友(もちろん今でも一緒に悪ふざけもできる遊的なノリの最高な子)とともに家とは逆方向の電車に乗って南船橋のららぽーとの映画館に突撃したほどポケモンが好きだったこと、そしてミュウツーの声優をベテラン俳優の市村正親さんがつとめていてストーリーもシンプルかつテーマも重厚で涙腺崩壊状態だったこと、さらに最近その作品がリメイクされているらしく前述した親友からつい先日LINEで「ミュウツー、また逆襲するってよ」とか届いてマジか!ってなったことなどを解説しながら(全部言った)、ポケモン(初期の151匹の頃)への愛について彼に語ったのです。 

彼の反応→ 「そう……」END. 

見事に空振りました。まあでも、彼の年齢的に、少しストライクゾーンではなかったかな。そう思ったものの、ふと気になって彼に質問をしました。 

京急の生麦駅が漫画のワンピースとコラボして、「生麦わらの一味駅」となっているというニュースを思い出したので、それを引き合いに出し、ワンピースについて、どの程度知っているのかを尋ねたのです。 

彼の回答→「普段肉ばかり食べているのに、回転寿司チェーンとコラボしていたのは知ってる」

むしろそれを知らなかったわ。

私の不安は募る一方です。そういえば先月末、久しぶりに映画を観たいということで、何を観たいか尋ねたら、彼はこう答えました。

「苦労の多そうな若い男性が、急須を大切にする話」

……これだけのヒントで、10秒以内(恐らく7秒ほど後。つまり我が家には7秒間の沈黙が降りたことになる)に「実写版 アラジン」だと気づいた私は我ながら偉いと思いますし、夫婦というのは感性が似てくるものなのだなとつくづく実感したものです。

「アラジンなら、もっとヒントになる要素があるでしょ。ジーニーが願い事を叶えてくれるとか、ジャスミンと恋に落ちるとか」
「それは僕からしたらあの作品の本質じゃない」
「はい?」
「タイトルが『アラジン』なんだよ。他のキャラクターの設定うんぬんよりも、タイトルにまでされている主人公の生き様に注目して観るのは間違いなの?」
「一面として正論だけど、あれそもそも急須じゃなくてランプだから!」(捨てゼリフ) 

かくして私は論戦(?)に敗北をしました。いや実際、彼の言う通り、本質はそこではないのです。

聖賢な皆様にはとうに察しがついていることと思いますが、この人は一体、何を摂取してこれまで成長してきたのだろう……? 私には、それがどうしても理解できませんでした。

例えば好きな音楽に関してなら、小田和正〜筋肉少女帯というなかなかの振り幅を持っていることは知っていましたが、漫画とかアニメとか、そういうポップカルチャー方面に対する彼の見聞を、私はこれまで知らずにきたのです。 

私は思い切ってきいてみました。

「私も君も、世代的にプリキュアよりセーラームーンだよね。好きなキャラは誰だった? 私はセーラーウラヌスが好きだったなー」

「……」

ゴクリ…

「知らない」

でたー!!!!でも、その回答は想定の範囲内だったからあまりびっくりしなかったわよホホホ……

「ときめきトゥナイトなら知ってる。読破したから」

斜め鋭角からぶっこんでくるのほんとやめて……。

私は第2部主人公のなるみちゃんが好きです! 

(ちなみに彼が「ときめきトゥナイト」を知っていたのは、入院させられていた精神科の閉鎖病棟のデイルームに看護師たちがいらなくなった本を置いていったのを暇つぶしに読んだ結果とのこと。まあ入院生活なんてガチめで暇の極みだもんね。しかし、その古本処理を「患者様へのホスピタリティの一環」とかその病院がぬしてたことは、「たぶんずっと許さない」とのこと)

そう、私と彼はどんなに想いあっていても、生きてきた時間も違えば認識している世界も異なり、かろうじて共通で知っている作品があっても、好きなキャラクターさえかぶらないのです。ときめきトゥナイトでなんでゾーンとかドゥーサが好きなの……もっと他にたくさんいたじゃん……個人の好みだから不可侵なのはわかってるけど、わからない。どうしてもわからない。わからないという概念は時として恐怖すら想起させるのです。

この先、どのタイミングでうっかり彼の地雷的な狂気を覚醒させてしまうか、それがとにかく不安で、でもなんとなくそれすら楽しんでしまう……そんな日々を送っています。(東京都・30代女性・OL ここと さんの投稿)

さて、おわかりいただけただろうか……これがまごうことなき現実なのだ。

※「夏の特選!ぐだぐだミステリ」に第二回があるのかは誰にもわかりません。ご了承ください。

せめて私を驚かせろ

ここにこうして書くことは、私の欺瞞や自己満足の域を出ません。ただ、こういう現実があるということをここに書くことは決して無意味ではないと考えて、「ごめんなさい、ごめんなさい」を脳内で饐えるほど繰り返しながら書いています。

痛いほどわかっています、何をどう飾り立てたところで、私の友人は二度とかえってきません。

笑顔しか思い出せない

2018年の年の瀬の出来事でした。仕事納めが目の前で、私は完全に浮き足立っていました。クリスマスも友達で集まって「フライドチキン買いすぎたー!」「ワイン足りないし!シャンメリーじゃ酔えないし!」ってはしゃいだあとで、ここであと少し仕事を頑張れば年末年始はまったりと過ごせるなーなどと思っていました。そこに疑義を挟む余地は全然ありませんでした。だってクリスマスパーティーだって楽しかったし、あの子もずっと笑っていたし、なんだかんだでこんな日々が続くのかなって。

今になってこう書き起こしてみても、私は本当に何も見えていなかったんだろうなと痛感します。

詳細な経緯は書けませんが、彼女は公権力寄りの立場の人間らに一方的な搾取と暴力を受け、それによって海馬に深く刻まれたトラウマから逃れるため、自ら命を絶ちました。

一報を夫から聞いたとき、私は非常に間抜けな顔で「え?」と発するのが精一杯でした。さぁもうすぐ仕事納めだ~とウキウキしながら電車に揺られていた自分に、天罰が下ったのだと直感しました。前後の文脈うんぬんではなく、純粋に天罰だと感じたのです。私にこのことを伝えなければならなかった夫もつらかったでしょう。しかし、パートナーのつらさを気にかけることさえ、その時の私にはできなかったのです。思考がパンクして、徐々にあの子と「最後に」交わした会話が思い出されました。

彼女が「己の救済」のために行った準備と実行には、恐ろしいほどの情念を感じました。「未遂なんか絶対にしたくない」、そんなメッセージを受け取った気がしました。それは間違いなく、厳然たる、「この世界に対する拒絶」でした。

ほとぼりが冷めた(と周囲が認識した)頃、タントウシャやセンモンカやセーシンカイは言いました。

「なんであの時、彼女にもっと寄り添ってあげられなかったのか」

この発言は今年の3月上旬のことでした。私は怒りと諦観と自己嫌悪がぐちゃぐちゃないまぜになった感情に襲われ、すぐに反論できる言葉を見つけることができず、ぐっと息を飲み込むのが精一杯でした。

もしかしたら何かしらは言い返せたのだろうけれど、そんなことはあの子が望まないという気がしてしまったのです。だって、私はあの子の笑顔しか思い出せなかったから。

「綺麗事屋」で何が悪い

私は職業柄、嫌でも人権問題の深い部分に関わらなければならない場面も多く、ゆえにたくさんの「悲鳴」を聞いてきました。霞ヶ関・永田町界隈にガンガン足を運んで声をあげてきました(この辺はあまり深く書いてしまうと仕事話になってしまうので、これ以上のことはご高察いただければ幸いです)。

そこで、「嘘でしょ、ここ日本だよね? こんなひどいことが横行しているの?」といったショックを体験や見聞として重ねていった結果、好きだったはずのこの国が、かなり色褪せて見えるようになってしまいました。

私は時々、ありがたいことに大学や企業や省庁の研修などにお声がけいただいて、講演活動をすることがあります。そこで肌感覚ですが確信しているのは、

面白いリアクションを返してくれる人が激減した

ということです。ギャグセンスがどうこうという話ではありません。話し手である私をびっくりさせるような、新たな発見をさせてくれるような、ワクワクするような提案をしてくれるような、そんなリアクションペーパーは滅多に見なくなりました。「笹塚があんなことを話してたけど、まぁ概ねこんなフィードバックをしておけば満足だろ」、「笹塚の主張はわかるよ、わかってるよ。だからわかっていることを正確にアウトプットするね」、「笹塚先生のご期待に沿うような報告書を作りました~」とか、そんなんばっか。

一面として、私の講演に聴衆の心を揺さぶる力が足りていないということもあるのだとは思います。講演は演劇やライブのようなもので、その場その場が常に勝負のナマモノです。それゆえ、たくさん失敗もしたし恥もかいたし、でもそのぶん伸びしろが私にはまだたくさんあるのだと、そう思い直して泥臭く活動を続けています(でもdisられるとそれなりに凹む。しかし忘れっぽいので深く意に介さない)。

以前、とある大学での講演が終わって、さて帰ろうかなーと荷物をまとめていた時のこと。前方に座っていたインテリ系男子学生さん(そもそも私などは現役ではまず入れなかったであろうレベルの大学)が、あの独特の「声の絶妙な音量加減と飛ばし方」(これ理解できちゃう人もそこそこいると思うの)を用いて、聞こえよがしにこうおっしゃいました。

「っっつってもさ、綺麗事じゃん」。

あああそうですかーあなたには伝わらなかったですかーあーそうなのねー、と残念に思いましたが、もっとも講演なんて100名の聴衆がいたらそのうち1,2人に響けば御の字、だとは思っているので別にいいんですが、、、面と向かって言えない割にSNS等への投稿も学校側が禁止しているから、ああして「聞こえよがしに言ってやったぜウヘヘ」パターンしかとれなかったんだろうけれども。あんなダサい言動を取る人間があのレベルの大学にもイキイキといらっしゃることには、ほんのり絶望感を抱きました。まー学力と人間性の相関なんてもともと幻想なんですが。

ああそうだね、綺麗事をたくさん私は話したかもね。その大学生に1つこちらから訊きたかったのは、「綺麗事の発信にさえ規制がかかるような社会についてどう考えますか」「綺麗事を発信することは、どのあたりがあなたにとって不利益なのですか」「人権や差別などの社会課題を今更個々人の『思いやり』だの『優しさ』だのに収斂してお茶を濁してる大人たちに何か一言!」ということです。あ、3つになっちゃった。その日は次の予定が入っていたこともあり、私は足早にキャンパスを去りました。胸元に不快なモヤモヤを抱いたまま。

「こんな社会は今すぐ変えるんだ!」とは私は話しません。そんなことはハナっから思っていません。もしも社会が劇的に変化するようなことがあれば、それは恐らく誰かの血や涙が流れることである可能性が高いことなので、私はまったくそんなことは望みません。私にできることはほんのわずかです。晒し者的に笑われようとも、前にでばって言いたいことを、言うべきことを、精一杯叫ぶこと。正直、すごい格好悪いとは思うんです。私がもしも学生だったら、「なんかBBAが喚いてるwww」「うぜぇマジキチ乙草」とかSNSとかに書いちゃってたかもしれません。学生時代の私は、今以上に愚かだったから。まーでも昔(中学時代)さんざん笑われて貶されてきたぶん、慣れ感というか、「またそれな」的な微笑を返すほどには余裕が出てきたお年頃です。

一人ひとりの力なんて本当にわずかです。それは私も、今これを読んでくれているあなたも、誰もかれも同じことです。どこかの国の総理大臣だろうと、どこかの巨大な宗教団体の幹部だろうと、精神障害を携えつつ人々に地道に癒しを提供し続けている人だろうと(これ私のダーリンね)、精神障害と不幸を直結したがる価値観を真っ向から否定するために奮闘する人だろうと(これ私だ)。一人ひとりは微力。でも、だからこそ、自分にできること、したいこと、するべきことに真摯に向き合って、知恵なりなんなりを差し出しあって社会を構成していく、その過程にこそ価値があると思うし、その結果として社会が豊かな方向へ耕されれば、それがいいんじゃないのかなとは思っています。これも「綺麗事w」なんだろうか。

「精神障害者らしくしてて」

既述の通り、私は社会の変革をどかーん!と目論んでいるわけではありません。ただ愚直に、「昨日より今日、今日より明日、私の手の届く範囲の人々がほがらかに、穏やかに、のびのびと暮らせる」ために、持ち前の微力をそっと差し出しています。たいしたことはしていません。ただ、自分なりに頑張って誠実であろうとすると、こんな声に遭遇します。

「あなたは精神障害者なんだから、精神障害者らしくしててよ」。

これは同じ母校出身の、とあるソーシャルワーカーに投げつけられた言葉です。私はこのときも返答に窮しました。「精神障害者らしく」ってどういう感じなんだろう。もしかして目の焦点が合ってなくてヨダレを垂らしながらヘラヘラ笑っている姿、みたいな? え、それって日本に来たことのない外国人が日本人を想像するときに「チョンマゲ、ハラキリ、フジヤマ」って表現するのと似たようなレベルじゃない? え、ちょっとごめんよくわかんないんだけど。

「私は忠告しているんだよ? あまり目立って発言し続けると、そのうちひどい目に遭うから」

へぇーそうなんだ。自分らしくあろうと発信するとひどい目に遭うんだ。それって、今大流行中のみんな大好き自己責任!ってこと?

「私はあなたのためを思って言ってるのに! 話にならない!」

えーっと、タチの悪い人の常套句として「あなたのためを思って」がございます。その他には「悪いようにはしないから」などが有名ですね。そのソーシャルワーカーさんは怒って私との会話を一方的に終了したのち、某所に盛大に書き散らかしたそうですが(心配した別の友人がこっそり教えてくれた……)、わざわざ自分がそこにアクセスして書かれた文言を読んだところで、何か学びや益になるようなものは皆無だろうと判断したため、全く読んでいません。あとなんとなくwi-fiが汚れちゃうような気がしてさ……気のせいなんだろうけど……対象に全く相手にされないウェブスペースなんて、ただのサーバの負担じゃないっすか、とは思います。

時を同じくして、冒頭の彼女と食事したときに、彼女はこう漏らしました。

「私はさ、心琴ちゃんみたいに強くないから」

「え?」

「精神科に通ってるって正直に伝えたの。今の彼に」

「うん」

「無視された。聞かなかったことにされたよ。だからもう言わない」

「えっ!?」

「やっぱダメなことなんだよ、精神科になんて通ったら。失敗作の烙印みたいな。そんなもんだよ」

「えぇ~……? もしもそうなら、私はとんだ大失敗作だ! 通院どころかがっつり入院もしたし! やば~、超大作の予感!」

「心琴ちゃんは、なんでそんなにいつも笑ってるの?」

「えー、なんでだろう。もしかしたら、笑顔しかうまく身につかなかったからかもー!」

「……ふふっ」

「おや、やっと笑いよったな!」

「だって、ウケるもん、心琴ちゃん」

「おー笑え。笑えるうちに笑いたいだけ笑え! キールおかわりするから今夜はまだ帰さないぜー」

「心琴ちゃん、お酒弱いのにおかわりなんて……」

「キミと少しでも長く一緒にいられる大義名分がほしかったのだよ」

「正直かよ!」

この時、確かに一緒に笑いあったと、笑いあえたと、私は本気で思っていて、だからどこかで安心もしたし、それは一抹の不安の裏返しではあったけれど、こうして美味しいお酒を飲んで楽しいひとときを一緒に過ごせるこの子は、私にとって数こそ少ないもののかけがえのない友人の一人でした。

何も遺さないという選択

彼女は遺書やそれに類するものを、何も遺しませんでした。ゆえに最初こそ事件性を疑われて警察が介入しかけたそうですが、「彼女に精神障害があった」という理由で事件性はないとされ(マルセイというやつ)、「手際よく」荼毘にふされ、もろもろの処理が終わったそうです。私が彼女を次に見たのは、信じられないくらい小さな、真っ白い骨壷としてでした。骨壷は藍色の布にくるまれていて、それを母親が今にも折れそうなくらい細い指先でそっとほどいてくれました。

「ごめんね」

かすれた声で母親は私に頭を下げた。私は唇をかみ締めて首を横に振るばかりでした。夫はじっと骨壷を見ていました。お線香をあげてりんを鳴らしても、あの子がもうこの世にいないという実感はまったく湧きませんでした。

泣くのは、違うと思ったんです。だから、泣けなかった。今もそう。こんなことを記事としてつらつらと上げる、そうでもしないと心の大切な部分が壊れてしまいそうで怖い、そんな衝動に負けたせいで。身勝手なのは他の誰もそうだったし、私もまた同じなんだ。自分が、本当につまらない。

あの子はきっぱりとこの世を拒絶した。いわずもがな、私との時間も、一緒に飲んだお酒の味も、泣き笑いした日々も何もかもを。

その選択を咎めることなんてしたくないし、してはならないのだと痛感する。「何も遺さない」ことによって「遺された人たちの海馬に存在を刻み続けている」という意味では、彼女は本当の意味で賢かったのだと思う。つまり、

「『私を忘れないでね』とかさ、なんか野暮じゃない?」

というある種の真理を、「何も遺さない」ことで体現したのだ……というのはあくまで、私の勝手な推量だけれど。なにはともあれ、ひどいと思う。あんまりだと思う。私はあの子を許せない。この先もおそらく、しばらくは無理だ。

でも、それ以上に私は自分を許せない。免許や資格を盾に自分たちは「微力」さえ差し出すことなく、それでいて私たち精神障害者にはありったけの「微力」を発揮することを強制し、反抗や拒否をすれば彼らの納得のいくまで(時としてえげつない形で)アカウンタビリティを要求する、そんなビョーインやらオヤクショといった安全地帯からあれこれ好き勝手指図するような輩たちから、彼女を守れなかった己の微力さを、私はまだまっすぐ認めることができていない。このことが、底なしに悔しい。

せめて私を驚かせろ

今年は梅雨寒が続いている。今日も東京の空を灰色の曇天が支配している。私には何もわからない。あの子が拒絶したこの世界について、私は理解することがどうしてもできない。思考を試みれば、脳内に真っ黒な渦がわいて、その深奥からぎょろっとあの子の目が覗いてこちらをじっと睨むのだ。睨まれた私は、その視線を無視することでしか自分を守れない。陋劣という言葉さえ浮く体たらくである。

ちくしょう、と心底思う。

結局、私は今日も満員電車に揺られ、仕事をこなし、なんとなく帰途につく。時々あの子のことを忘れたつもりになって「花火大会だー!」とか「みんなでBBQ行こうぜ!」とか言って「夏のレジャー計画」についてはしゃげる自分に、もう誰でもいいから鉄槌を食らわせてほしい。

相変わらずどんよりとした空は、それだけで私を責めているのだとはわかっているよ。でもさ、そんな私の期待なんかに応えないでよ。空くらい、私に新鮮な驚きを教えてくれたっていいでしょ。ああ、もうそんな価値もないのかな、ないんだろうな。そっか。

今日も私は生きています。去った冬にあなたは死を選びました。季節だけは容赦なく流転します。それ以上でも以下でもなく、ただ、それだけのことなのです。