そういうんじゃない

甘いものが苦手だと思ってた。お酒が好きな人は甘いものよりお酒に合うものが好きなんだろうなって。

新入メンバーの歓迎会として開催されたホームパーティーで、あなたは他のみんながUNOに興じるなか、離れた場所に置かれたソファの上で、ひとりでずっとお酒を飲んでいた。それもカクテルやサワーではなく、ウォッカやジンといった強烈なものばかりを選んで、砕いた氷にそれらを自分で注いでいた。

「手伝いましょうか?」

私が思い切って声をかけると、あなたは目も合わせずに「大丈夫」とだけ答えた。

「相良さんはいいの? あっちと合流しなくて」

あっちとは、UNOグループのことだろう。私は首を横にふった。

「いいんです。UNOは、ちょっと苦手だから」
「そう」
「飯塚先輩は」
「え、UNO?」
「いえ」

私はあなたの目をまっすぐに見ようとして、あえなく挫折した。あなたは誰も見ない。見ようとしない。

仲間内では怜悧冷徹で通っているあなただけれど、私にはとても寂しげに映るのだ。その寂しさに、私のような小娘が土足で入りこんでいいわけがないことは、前々からなんとなく理解してはいた。

それでも、恋というのは身勝手さを最上級に装飾したものだ。その身勝手さに全身を委ねられずに、どうして自分の想いを伝えられるだろう。

「飯塚先輩は、苦手なものってないんですか」

私は酔ったふりをして、ぽつんとあなたの隣に座った。それを特に気に留める様子もなく、あなたはジンに口をつけた。

「あるよ」
「なんですか?」
「辛いもの。ワサビとか」
「え、じゃあお寿司はさび抜きですか」

あなたはこくんと頷く。その仕草がどうにも可愛らしく見えてしまって、私は跳ね上がる鼓動を抑えるのに必死だった。

「佐伯さん、大丈夫? 酔ってるね。真っ赤だよ」

この世に、お酒があってよかった。私がお酒に強くなくてよかった。心からそう思った。

「甘いものは、苦手じゃないですか」
「別に大丈夫だけど」
「そう、ですか。じゃあ、なんていうか、好きですか」
「どうだろう」

どうしてあなたはそんな目をするんだろう。こちらまで寂しくなるじゃない。

「あっちのテーブルの上のクッキー、私が焼いてきたんです」
「うん」
「……焼いて、きたんです」
「うん?」

言葉を継ぐことが、こんなにも難しいとは思わなかった。私はUNO組の「ウェーイ!」「きゃー!」というはしゃぎ声にしばらく耳を預けて目をぎゅっとつむっていたが、突然耳もとで「あのさ」とあなたがささやいたものだから、本当に心臓が止まってしまうかと思うほどびっくりした。

「ごめん。あっちがうるさくてよく聞こえなかったんだけど」
「え、あ、あ」

ここまでわかりやすく狼狽すれば、さすがにばれてしまうだろうか。

「焼いたって、クッキーだけじゃなくて?」

そういってあなたはまたジンを傾けた。私は痛感した、恋に最適解など存在しないと。それはその身勝手さゆえ。全身が心臓になってしまったかのような強烈な感覚に、私はふわふわと意識をもっていかれそうになる。

児童文化研究会でのあなたは、子どもたちを笑顔にする天才的な道化だ。紙芝居や児童演劇、絵本の読み聞かせや人形劇。あらゆる表現手段で子どもたちを楽しませているその姿に、心を奪われている人は少なくないだろう。

けれど、今ここでお酒を飲んでいるあなたのことも、ちゃんと見たい私がいることに、もしも気づいてもらえたら。そんな想いに身を焦がされてもう久しい。

「あの」
「大丈夫? 飲みすぎじゃない」
「大丈夫じゃないです」
「じゃあ水でも持ってこようか?」
「飲みすぎでもないです」

どんなに強いお酒を飲んでもまるで素面のようなあなたと、お酒のせいにして顔を真っ赤にしている私。並んでいるのに繋がれないことがまるで滑稽で、私の目にうっすらと涙が浮かんできた。

「おい飯塚! 後輩泣かせてんじゃねぇぞー」

UNO組から茶々が入る。あなたはぎろりとそちらを睨んでこういった。

「うるせ、そういうんじゃないって」

——そういうんじゃない。

違うんだ。

……そっか。

「ごめんな、あいつら調子よくて」
「謝らないでください」

言ったそばから、私の目からぼろぼろと涙があふれて止まらなくなる。

「だって、本当に違うんだよ」

なにも、わざわざもう一度言わなくても。

馬鹿野郎。

大嫌いだ、あなたなんて。

「俺はね、笑わせたいの」

え?

「好きな子には、いつも俺のせいで笑っててほしいと思うんだよ」

私の目の前が真っ白になる。そのままくったりとあなたにもたれかかるようにして、私は倒れこんでしまった。意識を失う寸前に、あなたの腕が私の肩を支えるように伸びてくるその体温を感じた。

不器用すぎるでしょ、馬鹿野郎。

大好きだ、あなたなんて。