第三章 さようならだけはいわないで

拘置所の面会室で、ガラス越しに葉山と若宮は向かい合っていた。面会は15分間だけ許されている。

「もう、なんて言うか、大丈夫なの?」

「うん。本当にすまなかった」

「おなかのこと? あれならもう、全然平気。葉山君こそ、具合良さそうだね」

「あまり認めたくないけど、あの人は本物の医者だよ」

「免許は、とっくにはく奪されてるけどね」

そう言って、二人は苦笑した。

「……まぁ、それはともかく」

と、ふと若宮が真顔になった。

「葉山君、少し痩せたんじゃない? 食事はちゃんと摂ってるの?」

その質問になぜか、しばし葉山はじっと動かなかった。あれ、訊いたらまずかったかな、と若宮が内心焦りかけたとき、葉山の口からこんな言葉が出た。

「ああ……どうも人間の食いもんは体に合わなくてね」

「え?」

葉山は自分の頬を指三本でなぞり、長く息を吐いた。

「葉山君、それはどういう――」

「もう時間だよ。君も仕事の合間にわざわざ来てくれたんでしょう。ありがとう」

次の瞬間には、葉山はいつもの柔和な笑顔を見せた。

「え、あ、うん」

戸惑う若宮に構うことなく、『彼』は彼女を促した。

「ねぇ、葉山君、あのさ……」

言いかけた言葉を、しかし若宮は呑み込んだ。

15分の面会時間はあっという間である。じゃあまた来るね、と言って若宮は帰っていった。見送る葉山の口元からは、若宮に気づかれない程度にうっすらと、歪んだ笑みが浮かんでいた。

「決して……俺を忘れるな」

『すべてが解決すればいいというものではない。なぜなら、謎は謎のままが最も美味だからである』

魔都市に暮らす二人の変人のこの信念が、時に人を救い、時に人を突き放す。それは人の心と同じく、次々に色彩と形を変える。まるで雨上がりに虹のかかる空模様のように。