掌編小説

すぐ読める、サクッと読める、でもなにか、なにかが胸に残れば嬉しい、そんな作品たちです。

しゃぼん玉

卯月の手前の日曜日、珍しく雪の積もった私たちの住む街は、少し怖いくらいにしんと静まりかえっていた。マンション四階の窓から外を眺めると、はらはらというよりはぼたぼたと雪が落ちて窓に打ちつけていた。「うわー、季節外れ」私が声をあげると、きみは文…

理想じゃない。

私は、詩を詠んだりネットに作品を投稿していることを、彼氏には内緒にしている。気恥ずかしいというかなんというか……、これといったハッキリとした理由は自分でもよくわからないのだが、未だに告げられずにいる。内緒ごとの一つや二つくらい、あったほうが…

純愛とか笑わせんな

「志望動機は?」同期の中竹佳樹がタバコ片手にだるそうに聞いてくる。山積みになった捜査資料にゲンナリしていた僕はため息をついた。「就活生かよ」「社会の平和を守るため、は嘘だろ」「なんでだよ」「志望動機は?」竹中は容疑者を詰問するような威圧的な…

そうだ、温泉に行こう

悠太の告白に対して、仕事から帰ってきた兄はネクタイを外しながら、少し考える素振りをしたかと思いきや「そうだ、温泉に行こう」と言った。日本人は昔から、温泉で傷や病を癒してきたのだと。しかしながら、悠太の病気にも湯治は効果があるのか、甚だ疑問だ…

ジグソーパズル

完成したら、終わり。終わってしまえば額縁に飾られて風景画未満になる。だからふたりのジグソーパズルが完成しないように、私は思い出のひとかけらをポケットにしまった。「なんだっけ、きみが行きたがってたカフェ」スーパーマーケットで買った惣菜ととき卵…

辻堂の落暉

君は人間が全て同じ顔、同じ表情に見えると言っていたね。他者の喜怒哀楽、そのどれにも興味がないと。例えばそのことに私が心を痛めていたとしても、君は平気で微笑むんだろう。「それは、つらかったね」などと、優しい言葉を巧みに操って。例えば道に倒れた…

20991231

私があなたを手にかけたのは、これで何度目だろう。目の前で派手に倒れてくたばったあなたは、すぐに起き上がって私の方をちらりとあきれた表情で見やり、それから面倒そうにシャツについた糸くずを払い、その手でテーブルに残っていたチーズ鱈を一本口に放り…

リンゴはいりません

白馬の王子さまがなかなか出張から帰ってこないので不機嫌な白雪姫は、日経新聞を広げながら留守番をしていました。そこへ戸を叩く音がしたので、期待を込めて開けてみれば、リンゴのたくさん入ったカゴを携えた老婆がヨボヨボと立っていたのです。当然、白雪…

trèmolo

どうしても僕のものにならないのなら、壊してしまったほうがいいと考えていた時期もありました。そんな拙いことを、本気で。桜色の袴が似合う人でした。卒業式の学長のスピーチなんてまったく頭に入ってこなくて、僕の視線はその桜色に釘付けになっていました…

クーベルチュールチョコレート

ガラスのショーケースに丁寧に並べられた綺麗事を、隅から隅まで余すところなくクーベルチュールチョコレートで汚しました。甘ったるいことは今どき、断罪の対象ですか。(せめて夢くらい見させておやりよ)と三毛猫はあきれ顔です。本当は甘えなんて何の罪に…

監視者

それは、見守りという名の監視ではないだろうか。人籠とでも呼ぶべき部屋の中で、彼はようやく涼を得ている。「外は暑いよ。とても耐えられない暑さだよ。だから君は、その中で穏やかに過ごすといい。ああ、鍵なら預かっておくよ。君が余計なことを考えないよ…

夕立

ワイパーがせわしなく動いている。打ちつける雨は容赦という言葉を知らない。フロントガラスを襲う水滴は、ハンドルを握る隆弘の気分を苛立たせるのに十分だった。あの日も、こんな空だったら。そんなことを考えてしまうのだ。青の冴え渡る空に高々と上がった…